30kg小説としての金原ひとみ

金原ひとみの芥川受賞作「蛇にピアス」は、話題になった直後に読んだのですが、わたしにとってもっとも印象的であったのは、主人公がみるみる痩せ細ってゆくというくだりでした。


ただ、私は生きている。アマがいない退屈な日々を生きている。シバさんに抱かれる事も出来ない退屈な日々を生きている。そして、私はつまみさえ食べるのをやめた。半年前に計ったときは四二キロあった体重が、三四キロになっていた。
   (『蛇にピアス集英社、2004、110頁)



この激痩せのくだりは作品の中でほんの数行なのですが、わたしにとってはこの数行がこの作品の核心でした。
当時、金原ひとみは、芥川賞を同時受賞した綿谷りさと、(同年代の女性であるというだけで)よく比較されており、世間でのイメージは、ヤンキーっぽい金原さんvs少女っぽいりさちゃん、という対立構図になっていたように記憶していますが、そんなイメージに反して、「蛇にピアス」はところどころ強烈に少女趣味的ナルシシズムに訴えてきますなあ、と思ったのは、この激痩せ描写のおかげなのでした。

(ここで少女趣味的といったのは、少女期にありがちな、「病弱な私」自己像みたいなものへの嗜好を指しており、少女趣味という語を、何か価値の低いものを指す意味では使っていません。さらに、ヤンキー的であることと少女趣味的であることは矛盾しません)


そして最近、受賞後の作品である『アッシュベイビー』と『AMEBIC』を読んだのですが、とりわけ『AMEBIC』では、食う食わない・吐く出す・脂肪がついてるついてない、といったことが全編を通じて扱われており、「蛇にピアス」では控えめな描写であったそのテーマがすっかり前景化していました。


彼の顔を思い出すとめっきり食欲が失せる。今朝、体重計に乗ったら三十キロ台に落ちていた。ベスト体重が四十三だから、さすがに少し痩せすぎてしまっている。
   (『アッシュベイビー』 集英社、2004、131頁)


「あなた、四十キロありませんよ?」
体重計に乗った私に向かって看護婦が言った。そしてだめですね、と言葉を続けた。
「え」
「三十二キロですよ。服を脱いだら三十キロ前後ですよきっと。」
   (『AMEBIC』 集英社、2005、27頁)



こうしたくだりを読むたびに、あああたしも恋のせいで激痩せしたい、あああたしも体重を理由に献血を断られてみたい、と、読者であるわたしはしばし己のぶくぶく肥厚した身体を忘れるのです。

それにしても、どの作品にも激痩せ具合がきっちり数値で表されており、しかも作を追うごとに激痩せ度合いもひどくなっているようなのが気になります。(「30kg前後」! これに驚くのはわたしがこれまで肥厚した世界にしか生きてこなかったからでしょうか。)
そうなると実際の作者の体重も知りたくなるのが人情というものですが、ネットで検索してみたところ、具体的数値は不明ですがやはり献血できないそうです。ちなみに身長は160cmくらい、とのこと。
『AMEBIC』以降の作品は未読なのですが、噂に聞く限りでは、30kg台テーマはその後も続いているようです。


そういえば、何年か前、文藝賞最年少受賞で話題になった三並夏平成マシンガンズ』にも、学校の保健室で「あなたは華奢だからもっと菓子も食べなさい」と言われる、というシーンがさりげなく挿入されており、ハードボイルドなタイトルを持つその作品の中の、少女趣味ツボ押し効果をわたしはひっそり享受したのでした。



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