KOBE BOOK FAIR &MARKET に行ったよの巻(+六甲アイランドのダイエー)

そのようなわけで依然あまり元気がありませんが、有難いことに食欲などはあり健康ではあります。(「あります」て打とうとして「ありません」と打ってしまった)

暖かくなってきたので、おでかけなどもしています。

 

先日は、神戸のブックフェア(KOBE BOOK FAIR &MARKET) というのに行ってきました。

ブックフェアってどういうものかよく知らなかったんですが、友人がSNSでシェアしているのが目に入りまして。

家にいると気の滅入るニュースばかりが目に入り、かといってぱあっと遊びにいこうという気持ちにもなれず、何か、真面目な人が集うところに行きたいな、と思っていたのでちょうどいいや、と思って出かけたのでした。

 

六甲ライナーってやつに乗っていきます。

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六甲ライナー住吉駅にあった気になる作品。(YUKI『commune』のジャケットみたい)

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新谷英子「オーロラ」という作品らしい。

 

本系イベントなので引用符タイツを穿きました。

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アイランドセンター駅で降りて会場へ。

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どんなイベントかよく知らずに来たのでしたが、独立系書店・出版社・ZINE・古書などのブースが並び、珈琲やフードや雑貨のブースもあり、トークイベントや展示もあり、とにかく今の読書文化を愛する人々が集まるイベントって感じでした。神戸らしいイベントであるなあとも思いました(大阪や京都で開催すればたぶんまた違う感じになりそう)。人がいっぱいいてびっくり! 特に私が行った際は、独立系書店のコーナーは通路を通れないほど人がいました。こんなにたくさん、本を読んだり買ったりしたい人がいるのか~~と驚いてしまいました。

 

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私は読んだり書いたりをよくする方ではありますが、なんだか「読書好き」と名乗るのに非常に抵抗があり、それは、自分は聴いたり話したりが苦手だからその代償に読んだり書いたりしているにすぎない……という思いがあるからなんですが、ここでは本を媒介に会話が繰り広げられていて新鮮でした。ZINEを買うときに制作の説明をしてもらったり、ほしい本を見つけたときに「この作家好きなんですよ」「いいですよね」みたいな言葉を交わしたり、八百屋や魚屋の店頭で尋ねるように「なんかおすすめある?」と訊いている人もいて、それに熱心に応える人がいて、単なるセールストークでなく真面目なコミュニケーションって感じでいいなあって思いました。私は、「読み&書き」の世界と「聴く&話す」の世界を切り離してきたところがありますが、両者をもっとすり合わせてもいいのかもね、とか思いました。

また、ZINE文化の盛り上がりっぷりにも感嘆しました。ZINEって、自分でもちょっと作ってみたいな~と思いつついやいや誰が読むねんと思っていましたが、作りたい人だけでなく読みたい人もこんなにいるのだなと分かりました。気になったものを全部買うと破産に至るので、なんならできるだけ見ないようにしてブースの前を駆け抜けました……。

 

以下、買ったものを紹介します。

 

・『塔本シスコ 絵と絵と絵の人生』(katsura books)

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東京のひとり出版社、katsura books さんのブースで買いました。

塔本シスコは大好きな画家。でもこの本が出ているのを知らなかったので、見つけて「あっ!!」となりました。「角が傷んでいる」ということで割引になっていましたが、ぜんぜんきれいなんですが……。

絵だけでなく評伝や解説が収録され、絵も、図録式ではなく頁いっぱいに配置する(つまり頁に余白を作らない)という工夫がされており、そのおかげでシスコさんの絵の迫力を存分に味わうことができます。許可を取ってこの形が実現した、とのことでした。

シスコさんを何で知ったんですか? と訊かれ、ちょっとお話できて愉しかったです。普段あんまり絵の話とかする相手がいないので。ちなみに当ブログのシスコ記事はこちら。

・偉人レター

実はこのイベントにはこれが目当てで行ったところもあります。福祉作業所・御影倶楽部さんの「偉人レター」。

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めっちゃいい。

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御影倶楽部さんは紙漉きが仕事のひとつで、過去の「古代生物カード」などの商品もファンでした。文豪レター(?)も出るそうなのでたのしみにしています。

ちなみに下のかわいい紙は、イベント入口で配布されていたブックカバーです。複数のデザインから選べたのでこのかわいいやつにしました。

 

・ジグざぐさんのZINE 『水俣』『ハンセン病』

こちらはともえさんに薦められて買いにいきました。水俣とハンセン病についての読書会&フィールドトリップをまとめたもの。

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メンバーは大学のゼミが同じで、卒業してからも集まって気になるテーマについて勉強されているのだそうです。そういう仲間がいるってええな~と思いました。

扱われているテーマは、私も関心あるものだったので購入したんですが、知ってるようで知らんことだらけで、やはり現地に行くことで分からんことも多いのだろうな~と思いました。

書かれていたことでとりわけ印象的だったのは、水俣でもハンセン病に関しても、地元や当事者の中から「寝た子を起こすな」的な声もあった、という話。水俣では「水俣病の勉強をしにきた」と言い難い雰囲気があった、という話。しかしそれが単に地元のタブーとして書かれているのでなく、そう言い難い自分の気持ちと率直に向き合う書き方で書かれているところが良かったです。更に、日本が植民地化していた国での公害被害やハンセン病患者へのより過酷な扱いにも触れられていました。日本で「日本人」として暮らしていると、こうしたことをつい忘れがちになります。

 

 

・タキザワハルナさんのZINE『死に看板調査報告書』

一見不穏なネーミングですが、これは私の好きなやつではー!!と思って購入。

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「死に看板」とはいろんな理由で「機能が死んでいる看板」との謂。トマソンの系譜です。このZINEでは、死に看板が死因別に分類され考察されています。なるほど、デジタル死も死に看板に含むのか……等関心しながら眺めました。(なんでこういうものを観ていると心が和むのでしょう。) 頁ごとの見出しが工夫されていて楽しいです。

私はこうしたものを「虚無看板」とか「純粋看板」(純粋階段のオマージュ)と呼んでいましたが、「死に看板」はそれよりも広い概念のようです。私のコレクションも貼っておきます。↓

 

爆裂ご案内。豪快すぎる。本書の分類でいえば「皮むけ」でしょうか。

 

京大工学部純粋階段を解説する看板が経年劣化により純粋看板になってしまったもの。その経緯も含めて美しい。本書の分類では「老衰」。

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・欲しかった本

toi books さんのブースで、赤染晶子『じゃむパンの日』を見つけました!

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赤染晶子は(以前にちょっと書きましたが)『乙女の密告』を再読して好きになり、京都の人ということでも親近感を抱き、『WANTED!!かい人21面相』の京都描写でまた惹かれた作家です。2017年に42歳で亡くなっていますが、最近作品集『初子さん』が palmbooks で出て、わー!!と思っていたのでした。この本も、 palmbooks からのエッセイ集。

普通に流通している本なのでそのへんの書店でも買えるんですが、ここで出会ったが運命、ということで購入。toi books さんは時々名前を見かけることがありましたが、大阪市の本屋さんであることが分かったので、今度店舗にも行ってみたいと思います。ポストカードをつけてくれました(裏側には「海」をテーマにした選書がびっしり書かれている!)

 

 

財布の紐ゆるみ王になりましたが、こうした買い物はなんか「まっとうなお金の遣い方」をしている感じがして満足感が得られます。

あとは古本ブースでもいろいろ買いました。ずっといたかったけどあんまりいると破産するので適当なところで切り上げました。あ、絵本交換コーナーもあって、子どもたちが集っていましたよ。こういうイベント、また来たいな。そのうちZINEとか作ってみたいな。

 

 

* * *

 

さて、この後、会場の向かいにダイエーがあったので寄ってみました。これが……めちゃめちゃ良い!!!

 

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水の流れるスペース、カラフルな動物たちの装飾、めちゃいい!! こうしたショッピング施設に夢のあった頃の建物なのだと思います。在りし日の京橋ダイエーのことを思い出してしまいました。

店舗はずいぶん閉店したのか寂しい感じになっていましたが、この建物は壊してしまうと二度と作れないタイプのやつやと思うので、どうか生き残ってほしいです。このタイプの建物が好きな方は、ぜひ行ってみてほしいです。

周囲もヨーロッパ調(??)の小径のようになっていて、若干廃墟化してはいましたがかつてはオシャレスポットやったんやろうなあと思いました。この日はその前で何かの映画を撮影していました。何の映画なのかな?


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友達

このブログは基本的に愉快なことを中心に書きたいブログではあるのですが、生きているといろいろなことがあり、そして私は何かがあったときに「とりあえずなんか書く」というやり方でしか己の気持ちを慰める(紛らわす)ことができないので、以下は自分の気持ちの整理だけのために書く文章なので、知人友人で読んでしんどくなりそうな人は読まなくてぜんぜんよいのでね。けどなんか、自分しか見ない日記に書くのも違う感じがして、馴れ親しんだブログに書くことにしました。一応、ネットに書いてもいいかなって思うことしか書かないことにします。また、本人が読むことがないと思うと知らず知らず格好つけたことや盛ったことを書いてしまいそうだから、本人に読まれても構わないように……と思って書こうと思います。

 


友達が亡くなったことを知ってから、一週間になります。不慮のことでした。一週間経てば気持ちも落ち着くかと思っていましたが、ひょっこり戻ってこーへんかな、と思う気持ちは増すばかり。

毎日顔を合わせるような間柄であればまた違ったんでしょうけれど日常的に会う距離ではなかったしなんならここ二、三年会っていないからいなくなっても生活は変わらなくて、とはいえ電子上では毎日のようにやりとりしてたし変なものとかひどいネタとか見つけるたびに「おっ、これは好きそう」「これは教えねば」と思っていたから変なものやひどいネタたちが宛先を失ってしまったよ。不謹慎ネタが好物の彼女であるから、ウボォーさん聞こえますかを元ネタにきんたま蹴り大会でも開催したらウケてくれただろうな、とか思ってみても伝えることもできないしそもそも私は理由なく他人の睾丸蹴ったりしないし実はH×H読んでないし。

とても淋しく悲しいです。

 

あれはもう15、6年も前のことになるのか、SNSでフォローされた謎アカウント、年齢も性別もまるで分からない無機質なアイコンだったけどなんか呟きの波長が合って気になっていたら突然消えてしまって、でも半年後にハンドルを変えて戻ってきたんだよね。あのときは嬉しかったな。ネットの薄いつながりってネット上から消えるとそれっきりだから。それからちょっとずつ交流が生じて、好きそうなもの贈り合ったりして、実際会って一緒にライブ行ったり家に泊まったりして、変な仇名で呼び合うようになり(もともと仇名のようなものだったがそれを更に変形させた謎呼称で呼び合うようになり)、だいぶ歳下のはずだけどタメ口で喋ってくれるようになって嬉しかったんすよね、私は人との距離を縮めるんが苦手なんで。

コロナ禍の頃に一緒に旅行して感染対策で入湯人数が制限された風呂に入り「ネットで知り合って今や一緒に風呂に入るまでになるとは」とお互い言い合ったのだ。その夜は互いにスマホを貸し合って、それぞれが登録してるサービスの漫画読んだり映像観たりして「スマホ貸し合うって友達でもなかなかやらんよね」みたいなことを彼女が言いたしかにそうやなと自分らでも感心しました。これは偶然なのだがわれわれは背格好がほぼ同じで顔と喋り方も似ているらしく、共通の友人には「ドッペルゲンガーかと思った」と驚かれたし一緒に行ったいかがわしいパフェ屋のおかあさんにも「本当に姉妹じゃないの?」と言われたのでした。そのせいなのか一緒にいると次第に自他境界が曖昧になり(彼女談)、われわれはそんな自分らを「自他境界オワ太郎」と呼んでいた。

彼女が私の顔を見ながら「ワイも40歳になったらこんな感じになるんだな~」(大意)的なことを言っていたこともありましたっけ(※当時私が40歳だった)。「自他境界オワ太郎の台詞や」と笑い合ったけど、ほんまに40になった姿見て答え合わせがしたかったな。

 

 

あーなんか自分が悲しいとか淋しいとかいう自分の気持ちばかり書いてしまいます。そりゃ言葉は生者のものだものな、だからいつも寸足らず。ほんとうは本人が一番無念であろうに。

いや、われわれはどちらかに危機的なことがあってもいつも「やばw」「乙」「まあそのうちぽんよりしようぜ」「おう、絶対ぽんよりしような」みたいな感じであったから、今回もそんな感じなのだろうか。あの世があると仮定してあの世通信があるとすれば。まあそんなものはないんだけれど。

しかしこうして親しい人があっちの世界にいってしまうと、一気に死が身近なものになってしまいますね。自分だっていつか死ぬよ、と分かっていながら多くの人は自分だけは死なないと思っているものだけれど、まるで、別世界のように思っていた難関の学校に親しい先輩が合格してあれ自分でも受験できるんじゃないかな……? と思えるときみたいに、別世界のようだった死が急にすぐそばにあるものになる。別に進んで死ぬつもりはないけれど。でも死ぬときに「ああ、みんなもこうだったのか~」と思えるとしたら、それは唯一の死のメリットなのかもしれません。

 

 

祖父(おぢい)が死んだときに、手紙を書いて棺に入れて、これは何をしてるんだろうなって思いました。

人の死後の儀式はすべて生きてる側の気持ちを納得させるためのもので、追悼の言葉は生き残った者同士のパフォーマンス、と思ってきたけれど、私は今日もここ(ブログ)だけではなくて、自分しか見ないところにも友達に宛てた言葉を書いている。人はどうして亡くなった人に手紙を書くのかな。魂の実在を信じているわけでなくても、心のどっかで少しだけ、故人がほんとうに読んでいるのだと感じているのかもしれません。言葉は生者のものと書いたけれど、いや言葉はそもそも死者に届けるためのものだった。リトル・リル、ジャラマドーラ(岡本君)、姫野先輩聞こえるか、だよ。

自分は祖父母みたいに80や90まで生きるかもしれない、或いは何かあって今日にでも死んでしまうかもしれない(避ける努力はするけど)、どれくらいの期間か分からないけれど、ともあれこの先ずっときみが不在なのだと思うと、途轍もなく長い時間に感じるよ。(この先も生き続けるならば)私は年をとるけれどその人の時は止まったってことが、まだ理解し難いです。昨日、台風クラブが例の映画の試写をやるって報を見て、おおっと思ってRTして「ああ、そうだ、いないんだった!」と早速不在を思い知った。この先ずっと不在を思い知り続けることになるんかね? 彼女がいたら「わっほわっほ!」とめちゃ盛り上がったことでしょう。

 

 

この看板は、「見たら絶対に喜ぶだろうな」と思って撮ったんだよ。「歯」の中身が無になることでホワイトニングを体現しておりかつホワイトニングのはずが微妙に汚れてるー!! つって喜んでくれたことでしょう。この歯科は中を覗くとなぜか米国国旗があったよ。「なぜー」「わからじの森」「森が深い」。

 

すみすみの新キャラも教えてあげたかったよ。「えびふらいのしっぽ・いぬ風」とは……って共にわからじの森の中に迷い込みたかったものだよ。


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絶対好きそうなお店を見つけたよ。以前地元を案内してくれたとき似たテイストのお店に案内してくれたのだった。あのお店は最高でした。近くにあったら通ったのに!って思った。もっと近かったら気軽に会えたのにねえと思うけれど、おかげで遠方の土地を知れた面もあるな。京都ももっと案内したかったです。

 

 

このひと月、音沙汰がないな、どうしたんだろうな、と思いつつ、以前にもそんなふうにしばらく音信が途絶えたことがあって、そのとき私は心配して騒ぎすぎて迷惑かけたので、心配しすぎはよくないな、と思って確認せずにいたのでした。

その一方で、世界で酷いことが起きているニュースに「ああ、この世を去った人はこれを見なくて済むのだな」と思ったとき、ふっとなんとなく彼女の安らかな様子が浮んだのでした。だからどこかでは察知していたのかもしれません。

「私を構成する9冊」って好きな本9冊選ぶやつ、SNSで流行ってたからこないだやってみたんですよ。そのときはまだ知らなかったから、後で彼女も見てくれるかな~とちょっと思いつつ。んで、好きな漫画を考えてたら、最近読んだやつってほとんど彼女が薦めてくれたやつだったんですよね。『チェンソーマン』も『なるたる』も(ひどいのばっかり薦めてきたな)。そういやチェンソーマン2、最終回らしいよ。読まずに行ってしまうなんてなあ。蟹ヌテラ武器庫、絶対好きだろうな~!と思ってたけど、蟹ヌテラ武器庫も聴いてないんだね。なんか大変そうだったとき送ったギフト、ヤポポポポポイハービモラの本歌取りでメッセージを添えたらバナナのハミガキ粉の本歌取りでお礼の返歌が返ってきた。ずーーーっとああいうしょうもないやりとりを永遠にやってたかったなあ。あ、不謹慎や最悪ネタが好きな人ではあるけれど、自分の中できちんとラインがあって、ありえない何かとか差別とかにはちゃんと怒ってる人やった。そこも信頼できた。とあるくだらない流行について、「あれは最悪です」と言い切っていたの良かったな。私はそういうときけっこう「まあいろんな意見があるよね…」みたいに濁してしまうので。似てる似てると言われるけれどそういうときは、「私にない美点のある人やな」って思っていたよ。そういえば同時に再読し始めた小説、「豊年だ豊年だ」まで行き着きましたか? 私は途中になっています。

20年前、ある方が亡くなったとき、仲間のライターさんが書いた追悼文を今でもまだ覚えています。ウゴウゴルーガの歌を引用して、君が死んじゃってつまんない、つまんない、つまんないなー、つまんない、つまんない、つまんないなー、って。禿同。



なんもできないので、また時々何か書こうと思います。「リトル・リル」の気分です。

こんなに波長や見た目が似てる人でも、インターネットがなければ出遭うことはなかったと思うので、その点は本当によかったです。

友達の安否を案じ始めた際、深夜に相談に乗ってくれた知人に感謝します。混乱する中、LINEや電話で話してくれた共通の友人にも感謝します。知らなければ「どこかで元気に生きてるだろう」と思い続けることもできたけれど、いや、ちゃんと知っておいてあげなくてはかわいそうだよね、って、みんなと話す中で考えが変わりました。実感が湧いて本格的に淋しくなるのはまだこの後だと思います。

閉店

ある程度生きてるとずっとあると思っていたものがなくなっていくよ~~という話をこないだも書いたのですが、閉店する(した)店の話です。なんかこのブログ、閉店の話ばかり書いてますね……。

 

※過去の閉店記事の一部

 

 

 

■ ロッテリア

正確には「閉店」ではないですが、ゼンショーに買収されたロッテリア、3月中にはすべてが「ゼッテリア」に変貌する見込みというではないですか。

それまでに一度行っておこう……と言っているうちになんと、まだたくさんあるやん~と思っていた大阪府内の店舗は三店舗を残すのみ、京都府内にはゼロになってしまっていました。

急げ!!!

 

・千里中央店

千里中央店に来ました!

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まだ新しそうなきれいな店舗。ロッテリアのロッテさをフルに発揮し店内にはマーチのコアラさんが設置されていました。(お子たちがいたため写真を撮れませんでしたが)可愛いコアラのキッズルームもありました。ゼッテリア化の暁にはコアラたちもいなくなってしまうのでしょうか??

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せっかくだしゼッテリアでは食べられないメニューを選ぼう!てことでリブサンドポークを頼みました。久しぶりかも。ポークがカリカリしててこんな旨かったっけ?? あとチュロス。ロッテリアはロッテなだけあって甘メニューが充実してるんですよね。

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ここのロッテリアはケーキセットもやってました。次があればこれも食べてみたいが……。

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千里中央には久々に来たのでしたが、街自体も再開発で大幅に変わると聞いて心配していました。駅前は、ニュータウンに夢があった頃のわくわくを思い出させる造りで好きなスポットのひとつなのに、どうなるんだろう……? と。しかし現時点では、私の好きだった百貨店の美しい壁面や三角お屋根の建造物たちは健在でした。

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・鶴橋店

翌日はJR鶴橋店に行きました。看板デザインが旧デザインです(千里中央店と見比べてみてください)。

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駅ホームにあるロッテリア。発着する電車を見ながら食べられる店舗です。大阪の某所に勤め始めた頃、緊張のあまり職場までまっすぐ行くことができずしばしば途中下車して寄り道していたという思い出のロッテリアです。

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トマト&レタスビーフバーガーを食べました。あとふるポテと桜シェイク(これはべつにゼッテリアにもある)。連れはベーコンチーズバーガーを食べてました。ベーコン系メニューはゼッテリアに受け継がれないと聞いたので。

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食べながらロッテリアの思い出をいろいろ話しました。なんといっても世話になったのは出町柳店ですが、かつて河原町三条下ルにも大きな店舗があり(今のからふね屋の場所だっけ??)、中高生の頃よく行った覚えがあります。注文のときにしょうもないことがツボにはまったナメちゃんが急に笑いが止まらなくなり注文できなくなったとか、あとは倫理的理由からここには書けないくだらない思い出ばかりですが……。

そういえば森永ラブ明治サンテオレもなくなったし、これでお菓子会社系のファーストフードは絶滅なんでしょうか?? 私はかつてファーストフードの中では明治サンテオレが一番好きだったんです。(明治サンテオレはどこかに一店舗だけ残っているというのをネット記事で読んだが現状は不明。)

ここまでロッテリア大好きっぽい感じで語ってきましたが、ロッテリアが出した「知床チキンバーガー」は、私の記憶がたしかであれば明治サンテオレが先であったと思います。ロッテリアのふるポテ、マクドのシャカシャカポテトのようなフレーバーポテトも、ファーストキッチンが先だったはず。バーガーチェーンの歴史は大手によるパクりの歴史なのでしょうか。そして、コンビニチェーンもそうですが、

(1)地元の個人店舗が大小コンビニチェーンにとってかわられる

   ↓

(2)小チェーンが大チェーンに駆逐される

   ↓

(3)どこもおんなじ店ばかりになる

てのがここ何十年かの光景やなあ……と思います。

  

※これは別に店舗限定でもなんでもないけどロッテリアではちょうどサンエックスコラボをやっており、「髪部分がたれぱんだになっているアフロ犬」に非常に惹かれました。

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■ リトモ(ritomo)

ロッテリアと違って日本列島のほとんどの人には関係のない閉店ですが、山科マツヤに入っていたリトモが今月中に閉店する、ということも記録しておきたく思います。ただし載せるべき写真はありません。それほど「日常」すぎるお店だったのです。

リトモで買った商品の思い出……とか語るにもリトモでは人にあげるものばかり買っていたので、手元にあるのはクッキーくらい。そう、こまごまとした雑貨やお菓子が雑多に置かれていて、「ちょっとした、人に渡すもの」を買うのにちょうど良いお店だったんですよね。超オシャレというわけでもないけど眺めてるとなんとなく幸せな感じのするものもの。

こういう重宝なお店がなくなるのは淋しいです。

 

 

■ 京都で一番好きだったお店

最近一番衝撃だった閉店は、京都で一番好きな甘味処の閉店です。Facebookの地元記事で知り驚きました。

こちらはロッテリアとは違い完全なる個人店舗であるから、そりゃあいつ閉店したっておかしくはなかったのでしたが、東山の麓に静かに存在し続けるその佇まいに、いつまでもあるかのように思ってしまっていたのでした。

京都に帰ってこちら方面に用があるときはできるだけ寄るようにしていました。ここのパフェは京都一素晴らしいと思っていました。京都らしいお店だけれど観光地でよくある高級ぶったお店ではなく、いうなれば「平熱の京都のお店」という感じ。オーバーツーリズムがいわれる昨今でも混み過ぎることはなく、でもいつもお客さんで賑わってはいて、「どうかインスタでバズらないでくれ~~」と願いつつもみんなにも教えてあげたい、そんなお店でした。

好き過ぎて、noteで此処をモデルした創作を書いたこともあります。

美食のアルバム(14)皐月堂特製抹茶あんみつ|村田亀餅

本当は「抹茶あんみつ」でなく「抹茶ゼリーパフェ」が目玉商品だったんですが。

 

何年か前(といってもだいぶ前)にリニューアルされて以降、内装が抹茶色のトーンで統一され和風の甘味処って感じでしたが、それ以前は夕焼け色のようなピンクで、白い洋風の椅子が置かれていて、なんだか80年代の原宿を思わせて、それも好きだったのでした。

 

閉店の報を聞き、ほんまやろか? 販売だけでもしてはらへんかな? と様子を見に行くと、偶然お店の方が中から出てこられてお話することができました。閉店の直接の理由は機械が相次いで壊れたからとのことでした。私の実家もかつて商店を営んでいたので、お話を聴きながらそのときのことを思い出すなどしました。お店の写真も撮らせてもらいました。

 

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今度お手紙を書こうかな、と思っていたのでしたが、直接「長年おつかれさまでした」と「ありがとうございました」を伝えることができて良かったです。ちゃんとお別れを言えるお別れって滅多にないので……。梅香堂さん、本当にありがとう。

 

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最近ここ以外で書いたもの

こんにちゃ。

最近ここ以外で書いたものを記録しておきまする!

 

 

■ note

 

中学卓球部を舞台にした創作でございます。まだ続くんですが夏休み篇まで書き終えました。嫌な先輩とか嫌なこととかの話なので、嫌な毎日の気晴らしにでもお読みください! 

 

■ 別はてな

存在するファミレスの存在しない店舗の存在するメニューの存在しない思い出と存在したファミレスの存在したメニューの思い出について書きました!!

 

 

■ 京都アカデメイア

所属してるNPOのブログです(べつにあやしい団体じゃないっす)。読書記録とか感想とかをときどき書いてます。最近書いたんはこのへんです。本好きな方よければどぞ。

 

最近読んだ本(陰謀論) | 京都アカデメイア blog

 

最近読んだ本(民藝運動とその周辺) | 京都アカデメイア blog

 

最近読んだ本(鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの』) | 京都アカデメイア blog

 

 

 

 

 

お花畑室外機

病院の外壁に、エアコンの室外機……ですね。うん。

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んっ!?!

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エアコンの室外機を取り付けている何かしら金属の支え……的な部分に、お花の写真が貼られている!

しかもとっても可愛いお花。

 

隣の室外機には別のお花が貼られていました。

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わああ! こういうのを見かけると嬉しくなってしまいます。

無骨な見た目を少しでも華やかにするためなのか、それとも何か実際的な目的があってか(金属の危険な部分を覆うなど)、分かりませんが、後者にしてもお花の写真を貼りつける理由はないわけで、こうした、殺風景なもの(室外機)を少しでも可愛くしようとする心遣いを見ると、テンションが上がってしまうのでした。

お花の写真、何かの印刷物から切り抜いたのかな、それとも誰かが自分で撮ったのかな……とか想像してしまいます。丁寧にラミネート加工までしてある!

ここには他にも数台の室外機があったのですが、すべてこのように色とりどりのお花の写真が貼りつけられていました。(ほんとは全部撮りたかったけど上の写真を撮ったところで通行人に怪訝な顔で見られたため立ち去った)

 

私は、最初からオシャレでスタイリッシュな空間やオブジェよりも、こうした手作りの殺風景カバー(結果的にカバーできていなくても)にときめきを感じます。

 

これまでに紹介したものとしては、こちらのお花畑自販機があります。

人は可愛くないものを可愛くしようとするとき、お花の力を借りるようです。こちらは描いた人がおそらく楽しんで描いたんじゃないかな~?ということも伝わって好き。

 

京都の観光地で造花を飾られていたパイロンもかなりよかったです。

お花というものは、そりゃあ美しい人が抱えていればよく似合うのでありましょうが、実は、室外機やたばこ自販機やパイロンに添えられてこそのものであるのかもしれません。そんな発見をしたところで終わります。

 

 

 

 

 

 

 

古いオリローLOVE

とある雑居ビルで、古いオリローを見つけました!!!

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めちゃくちゃ良い説明板!!

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字体が素敵すぎるし、絵がなんだかかわいいし、項目が「イロハ」なのも良いし、けっこう大変な状況であろうに優雅に微笑んでいる女の人も良いです。

 

 

今調べてみたところ、オリローって、オリロー株式会社の製品なんですね(旧・松本機工株式会社)。オリロー初めこうした防災・避難器具を作っている会社のようです。デイリーポータルが「オリローで降りる」記事も出していました。

オリローで降りる (1/2) :: デイリーポータルZ

 

オリロー株式会社のサイトによると、オリローが考案されたのは1968年。私がオリローを認識したのは中学生の頃(90年代前半)でした。

当時行っていた塾(ダメな塾だった)にオリローが設置されており、壁に説明板が貼られていたのですが、そこに両手をあげながらオリローで降りているピクトさんが描かれていて、それが妙にユーモラスで可愛くて好きでした。ピクトさんを好きになった最初かもしれません。授業中いつもその図を眺めていました(勉強しろ)。友達と漫画を描きながら、オリローピクトを漫画に登場させたりもしていました。「オリロー」という名の脱力感もなんかよかった。

その後、バージョンアップされたオリローではこのピクトさんがいなくなっていて淋しかったものです。

この古いオリローは、塾にあったオリローよりもさらに古いものと思われます。いつ頃のオリローなのでしょうか?

 

 

 

 

 

n十七歳の地図(世界と私の現在地)※長い

ども!

先日誕生日でした。自分オメ! みんなもオメ!

 

 

妹たちが甘いもんとか甘くないもんとかくれた! 有難けれ~

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当日は、「異様に安い(かつ旨い)回転寿司屋」へ行きました。支払いがにににに(neat neat neat neat)だった!

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私を祝福する虹

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いくつになるんやっけ……? と数えて吃驚しました。

四十歳、四十一歳、四十二歳くらいまでは「わーいわーい、大人ぢゃ!」と思っておりましたが、その後だんだん数字がシャレにならん域に入り始め、昨今年齢を言うのに気がひけてしまいます。老いが恥ずかしいとか「女性に年齢を訊くのは失礼」とかいうアレでなく、年齢にまるでついていけてない己が恥ずかしくて数字に申し訳ねえ! って感じです。これまで年齢を恥じる大人のことを「?」と思ってたんですが、もしかしたら皆もこういう感覚やったんでしょうか。

自分のどっか外側でただ数字だけがなすすべなく増えてゆくよ~~。という感じであるので、自分の現在地にぜんぜん実感も誇りも持てないのではありますが、まあ記録として、♪今心の地図の上で起こるすべての出来事♪ を以下に記しておこうと思ひます。半分大人の forty-seven's map ですわ。語呂悪いな。

 

 

1. ずっとあると思っていたものがなくなってゆくよ~~

勿論知っていたのです。永遠に続くものなどないということは。

とはいえ、自分の幼少時から或る程度安定して存在したものやサービスって、この先もずっとあるかのように錯覚しがちじゃないですか。そういうものの消失や変質に触れることが多くなりました。永遠も半ばをすぎて(中島らも)とはよく言ったものです。

北白川ワールドコーヒーがなくなる日とか、紙の本やCDディスクがマイナーになる日とか、各地で水道管が老朽化して破裂する日とか、ロッテリアが全店ゼッテリアになる日とか、そんな日がいつか来るとは。いや~知ってはいたけどさ(ゼッテリアは知らなんだけど)、「昨日今日とは思はざりしを」って感じです。

消滅の中には自然な成り行きでなく人間が反省すべき消滅も含まれますが(南極の氷など)、それも含め、自分って、歴史の教科書や生物の教科書で見てきた社会の変化さらには生態系の変化の中に生きていたのであるな……と気づきつつあります。

 

2.時間が「過去側」にも伸びてゆくよ~~

えーと、お分かりいただけますでしょうか。

若い頃は、実感をもって想像できるのって自分の生まれる10年前くらいまでで、それ以前は靄の中の歴史でした。

それが、年をとるにつれ、身近に感じられる範囲が広がった気がするのです。絵で表すとこんな感じ(ピンク部分が「身近に感じられる範囲」)。

 

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50年前や100年前の出来事が今につながるものとして身近に感じられるし、平安時代とかもわりと最近なのかも、人類史って短いな~ と感じるようになりました。

歴史の知識が多少増えたということもあるのかもですが(といってもぜんぜん無知なのですが)、1. に述べたような時代の変遷を己が経験する中で、同じような時代の浮沈の中で生きてきたこれまでの人々との連続性を感じられるようになったのかも。

また、先が短くなった分、己の根拠を過去に求めようとするという心性もあるのかもしれない。人が年を取ると歴史にハマり出したり家系図に凝り出したりする現象はコレなのでしょう。

 

 

3.いろんなことがn度目(n≧2)になってゆくよ~~

以前、ウェブ漫画アプリで或る作品を読んでいて「ありがちな展開やな~」と思ってコメント欄を見てびっくり。「なんと斬新な展開!」「どうやったらこんなこと考えつくの!?」という賛辞が溢れていたのです。

で、私は気付いたのです。コメントを書いている人の多くは年少の人であり、こうした展開に出遭うのが初めてだったのであろう。対して自分はそれなりの加齢とそれなりの漫画歴を経てn度目になってしまったんだ!

 

自分はいつまでも未熟でフレッシュな若者のように思っていたので、この気づきはちょっと衝撃でした。いつの間にそんなに経験を重ねていたのだ、と。まあ経験というても漫画読んでるだけですが……。

かつて、若者の流行に「私らの若い頃に流行ったファッションやん」とか「俺らの頃にもそういう音楽あったわ」とか口出してくるおっちゃんおばちゃんらに「フーン」と思っていましたが、彼らもn度目だったのでしょう。「年取ってかつての大人が言っていたことの意味が分かる」って普通すぎてしょうもないですが、まあ。

 

世界には日々新しい状況が現出しますが、そこでもやはり「これn度目や!」ということがあって、たとえば「なんか新しいことやってくれそうな権力者が出てきてブワーッと支持集める」とかもそうかもしれません。ワシらの若い頃にはのう、小泉純一郎というのが出てきたんぢゃよ……。ワシはその頃はよう分からなんだから、なんやシュッとした人が出てきたなと思うとった……。新自由主義とか規制緩和とか民営化の弊害とかそういう言葉を知ったんはその後ぢゃった……。なんでも小泉はんの前が森喜朗といういかにもな感じのおっさんでのう。失言してはTVの芸人にまで「オレはアホやけどコイツよりはマシやで」とか言われとったんぢゃ。今、そんなことTVで総理大臣に言う芸人がおるやろか…………。そやからのう、そんなおっさんがシュッとした小泉はんに交代するんなら良さそうやないかと思うとったんぢゃ…………。自民党をぶっ壊すとか言うてくれとったしのう……。周囲には心配してる大人もおったし、「本当に怖いことは、最初、人気者の顔をしてやってくる」なんて言うとる政党もあったが、ワシはピンと来んかったんぢゃ……。でも、今はn度目やから、もうワシは解るんぢゃ。あのとき大人たちが言うてたんはこういうことやったんや、あの人たちはn度目やったんやなあ、と……。

しかしそういうことは実際n度目になってみんと分からんし、あるいは人は、n度目でもn+1度目でも間違えるときは間違えるんぢゃよなあ………。

 

 

4.対人スキルがややマシになったよ~~!

なんかここまで辛気臭い話ばかりになりましたが、いくつになってもフレッシュな体験もあるもので、特に私など他人より成長がだいぶ遅いので、今になってやっとできるようになったことがたくさんあります。

たとえば、先日、障害者ガイドヘルパーの資格を取りました! ガイドヘルパーの資格はずっと関心があったんですが、自分はとにかく対人スキルに自信がないので、福祉系の資格とかムリだろう……と思っていたのでした。が、ここ十数年ダメなりにあれこれのことをやってきまして、今ならできるんでは……? と思い立ったのでした。

資格を取る過程で実習がありました。「なんか作業をやる」とかならともかく「コミュニケーション」の実習だというので、「オ、オレがコミュニケーションて~~!!」と緊張していたのでしたが、むしろ利用者さんの方からめっちゃ話しかけてくれて有難かったのでした。特に好きなものの話とか聴くのが愉しかった。これは、自分が昔よりいろんなもんに興味もつようになったからかなと思います。

 

実習先でいただいたお菓子、美味けれ

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5.14歳時に聴き始めた音楽をまだ聴いているよ~~!

「人は10代のときに聴いていた音楽をずっと聴く」という話がありますが、はいはい、自分、その通りです。

先日、クロマニヨンズのライブに行きました(このとき中止になった分の振替)。今回はちょっと特別。マーシーがヴォーカルをとる曲が二曲もあるので。別バンド(ましまろ)ではあったけれどクロマニヨンズでは初めて。つまりヒロトとのバンドではハイロウズの「64,928―キャサディ・キャサディ」ぶり。2005年1月の京都会館(現ロームシアター)ぶり!?

私は、14歳の誕生日に聴いたマーシーの『RAW LIFE』が、初めてのいわゆるロックのアルバムだったのです。もう、これで人生が変わったといってよいかも。Tシャツに洗濯バサミつけるんが「かっこええ!!」と思って、中学の修学旅行に洗濯バサミ持っていきましたよ。なんでロックに影響受けてやることが「ギターを始める」とか「ライブハウスに行く」とかぢゃなくて「洗濯バサミ」やったんや。

 

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『RAW LIFE』を聴いて自分がそれまで考えていたことが音と言葉になったみたいで共犯者を得たみたいで「この人、わたしのことをぜんぶ知っている!!」と思った14歳時の気持ちが、今回、ギターの音が鳴った瞬間、完璧に思い出されたのでした。あれから大人になって、流石にもうロックスターにそんな幻想は抱かなくなったのに。カミ手の前のほうで観ることができたんですが、開演と同時にステージ前方にやってきたマーシーと目が合って――これは客が全員思うやつで実際は目は合っていないのであろう、たいしたロックンロール・スウィンドルだぜ、とは知りつつも――「あれから生きてきたことをぜんぶ分かっているよ」と言われたような気持ちになり、そこからはずっと、まるで「14歳の自分に見せてやっている」ような幸せな気持ちで観たライブでありました。

 

ってわけで、誕生日に託けて長文になりましたが、n十七歳にもなって、いろいろ変わりつつ変わってねえじゃねえか、みたいな話です。

 

 

6.いつまで着るんだよ~~

(これはどうでもいいんですが)変わってないといえば物持ちが良すぎて30年前の服とかを平気で着ています。

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これ、誕生日の服装なんですが、カーディガンは17、8歳、ブラウスに至っては小学生から着ています。こうなると付喪神的なアレが憑いてしまい「棄てるタイミングを逸した」感があります。しかし親が50年同じ服を着ているような人間なので、そんなもんやという気もします。