犬、ヒトに会う

今日はまめ子の命日、7年目です。早いものであります。毎年、実家の年賀状の作成をわたくしが担当しており、図中にまめ子を登場させているのですが、いつまで登場させ続けるか……悩みどころです。次の戌年まで続けよかな……。

 

さて、今日は「人に会ったときのまめ子」の思い出を書こうと思います。

 

思えば、まめ子を飼っていたときは、いろんな友人知人がまめ子に会いにきてくれました。極度に愛想のない犬であったにもかかわらず、有難いことです。

私のまめ子自慢を聴かされ続けていた研究室の人々が見にきてくれたこともありました。ネットで知り合った友人が会ってくれたこともありましたし、このブログを読んでくださっていた方がはるばる来られたこともありました。近所の友人や当時親しくしていた人たちは頻繁に会いに来てくれて、最後の最後まで見舞いにきてくれた友人もいて、飼い主に似ず人望のある犬だったと思います。

 

 

しかし私は、そうしてまめ子を人々に会わせるたび、少し残念な気持ちでおりました。

なぜなら、まめ子は、よく知らない人に会う際、「過剰に犬ぶる」からです。

まめ子の魅力は、犬なのにどこか人間臭いところだったと思います。家でくつろいでいるときは、人間のようなくつろぎ方でくつろぎ、人間のような表情を見せ、時には人間の言語に近いものを喋っていました。しかし、知らない人に会うとまめ子は、なぜかその様子を隠してお澄まししてしまうのです。その代わりにどうするかというと、「やたらそこらへんの匂いを嗅ぐ・えさを食べることに集中する・尿を大量に出す」など、普段あまり見せない犬っぽい行動に勤しみ始めるのです。そして、普段はのんびりおっとりしているのに、お客さんの前ではやたらせかせかと働き始める(犬の仕事をし始める)のです。

 

 

たとえばこれは、あねたちが来てくれたときの写真。えさに集中する素振りを見せるまめ子です。

 

お客さんを前にしたまめ子は急に、「カッカッカッ」と激しくえさを食べ始めたのでした。普段えさを食べる時間ではなかったにもかかわらずです。お客さんのことが気になっているはずなのに、敢えてそちらを一切顧みずに、えさを食べることに熱中しています。

その後、われわれは散歩に出かけました。普段なら、ゆったりと歩きときには道端で休み始めることもあるまめ子ですが、このときはまるで普通の犬のようにアクティヴに、先へ先へ歩くのでした。

 

 

 

こちらは名古屋からmnmちゃんが来てくれたときの写真です。mnmちゃんは、ウィルコ・ジョンソンのライブの感想を通じてネットで知り合った女性です――ウィルコも先日ついに訃報を聞くことになりましたね――。

彼女も犬好きということで、京都に来た際にまめ子に会ってくれたのですが、この写真でも、リードをもつmnmちゃんを引っぱり、地面の匂いを嗅ぐことに執着しています。

 

 

もちろん犬なので、普段からあちこちの匂いを嗅ぐことはありましたが、なんていうか……普段と違うのですよ。自然体の嗅ぎではなく、お客さんを認識したうえで敢えて「今匂い嗅ぐのんに忙しいんですわ、あて犬ですさかい、人間さんと違うていろいろ仕事があるんですわ」とアピールしているかのようなのです。

mnmちゃんにもその微妙な機微が伝わったのか、「まめって中に人が入ってるみたい」とのお言葉をいただきました。

 

 

これは、また別の日にあねたちが来てくれたときに、あねが撮ってくれた写真です。

 

これも「ベンチの匂いを嗅ぎまくる」という犬らしい行動に勤しんでいる場面です。あねたちはまめ子を撫でたり写真を撮ったりと構ってくれたのですが、まめ子は頑なに顔をそちらに向けようとせず、散歩の間ずっと忙しそうにしていました。

最終的にはいつものようにベンチに腰を下ろしたものの、ずっと背中を向けたままでした。

 

 

しかし思えばこういう行動は飼い主も覚えがあるところです。

私も、子どもの頃は人見知りでありました。馴れない親戚がたくさんやってきたり親の知り合いに会わされたりすると、どういう態度をとってよいか分からず、いつもよりはしゃいでみせたり遊びに熱中するふりをしたりと、過剰に「子どもらしい」行動をとることがよくありました。子どもの頃、と書きましたが、かなり大人になっても人見知りだったかもしれません(今でも)。そういえば中学や高校の休み時間も、手持ち無沙汰と緊張(友達と遊ぶのが苦手だったため)をごまかすため、べつにしたくもない自習で忙しいふりをしたりしてましたね……まめ子もそんな感じであったのではないかと思います。

 

これは、当ブログを読んでくださっていた「まめ子ファン」さんがはるばる隣県から来てくださったときの写真です。(なお当時の日記はこちら。)

 

この背後に、ファンさんと先輩とその犬たちがいるのですが、まめ子はそちらを見ず、草を味わっております。「やたら草を食べる」というのも、お客さんが来たときの定番行動のひとつでした。

このときも最後は背中向け状態で固まってしまったまめ子……ファンさんと先輩は流石犬愛にあふれた方々、そんなまめ子をずっと優しくなでつづけてくださったのでした。

 

 

その他、まめ子に会って下さった人の言葉で印象に残っているのは、Iさんに言われた「タオイスト」という形容です。

まめ子の、何事にも関心のなさそうな飄々とした様子を、そう表現してくださったのでした。たしかにその形容はまめ子にぴったり! と思うと同時に、一方で、実は人間を意識しすぎてああなっていたのでは……という気がしなくもありません。

 



 

まなざしちゃんのお値段

生協さんを利用しておるのですが、カタログにまなざしちゃんが載っており、目が合いました。

 

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あおり運転抑止に特化したまなざしちゃんです。

一枚480円。安いのか、高いのか? まなざしちゃんを集めていながら、まなざしちゃんを購入しようと思うたことはないのでよく分かりません。最近は無料素材のまなざしちゃんをダウンロード使用してる人も多いですよね。

 

 

 

パイロン×まなざしちゃん

まなざしちゃんの中では、手描きの子がとりわけ好きです。これはしかも、パイロンに描かれているという点で好きなものの二乗です!

 

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目のマークだと認識できればそれでいいのに、わざわざまつげが生やされているのも好きです。

どうでもいいですが、背後にもお顔がありますね。わかりますか?

 

 

 

 

四白眼まなざしちゃん

かなり理想的なまなざしちゃんに出遭いました。

一切の余分なものを取り去ったシンプルまなざしちゃん!!

 

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見事な四白眼です。瞳の光が一切無いにもかかわらず強力な見つめ感を与えてきます。かっこいいね。

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ここは紅葉の名所の吊り橋。ドラマの舞台に使われてから有名になったそうです。有数の「美しい背景をもつまなざしちゃん」でしょう。しかしまなざしちゃんはその勝景には背を向け、ただこちらだけを見つめています……


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近くのこれもよかったです。
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眼力ある色違いまなざしちゃん

道の駅で遭遇。眼力のあるまなざしちゃんです。

マスカラ塗ってるのかな、眉毛も整えてますね。おしゃれ。

 

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別のところに色違いの子もいました。瞳が光って写ってはからずもよい感じに。


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青いまなざしちゃん、その上にはさらに別種の、戒めつきまなざしちゃんポスター。そんなに盗難の多い道の駅なんでしょか……。

 

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鞍馬の火祭りに初めて行ったよの巻

鞍馬の火祭りをいっぺん見てみたい、と母が長年言うておりましたが、その機会がないままでした。

同じ京都市内でありながら、鞍馬は我が家からはなかなか行くことのないエリアです。また、火祭りは時代祭と同じ日、10月22日に催されるのですが、なかなか休みの日に当たってくれず、そんなこんなで長年行きそびれていたのでした。

ここ2年はコロナ禍による中止が続き、3年ぶり開催となった今年、やっと行くことができました。今年は会津といい、母が長年行きたいと言うてたところへ行くことができて大変よかったです。

 

***

 

叡電で鞍馬へ

出町柳から久しぶりの叡電でGO! 叡電嵐電が好きなので乗り場に来るだけでテンション上がります。

こんなファミマみたいな配色の車両あったんだ。

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鞍馬着。とりあえず鞍馬石の上で撮影。(「パワーがみなぎる鞍馬石の上に立って大天狗と一緒に写真を撮ろう!!」と書かれていたのでパワーみなぎってる的なポーズをとっております)

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どうでもいいんですが、鞍馬駅のガチャコーナーがイケてました。桃色の御所車かわいい~~。

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会津でトリコになった「神獣ベコ」のガチャもなぜかここにあって、母と「あーー!!」となりました。

 

 

■ 街道お散歩、祭の準備の様子を見る

 

さて、駅から出て鞍馬街道へ。

駅前のお土産屋さんは既に観光客で賑わっており、家々の前には篝火の準備がされています。見ると周囲のおうちはどこも、家の前に篝火と松明の準備をしています。

 

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われわれが着いたのは14時頃。お祭りの開始は18時頃ですが、準備の様子も面白いと聞いていたので街道沿いをぷらぷら見物することとしました。

 

このあたりは、おうちの脇や川沿いにいろんなお花が咲いているのも心なごみます。

植物好きの母によると、鞍馬や貴船は植生も街なかと違って植物好きには愉快やそうです。

 

秋明菊

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虫さん

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秋海棠? 可愛くて可憐!

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白いお花がのっかってる葉っぱがハート型みたいに見えて可愛い。

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薄紫がかったきれいなお花。傍にいたおじさんに名前を訊いたら、「わしは花の名前はぜんぜん知らんねん、女房は詳しいんやけど」と言うてはりました。

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鞍馬川。鴨川の支流なんですね。

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山がきれいに見えて川の音がきこえてしみじみとよいところ。鞍馬街道は花脊に行く際に車で通り過ぎることがありますが、じっくり歩いたことがなかったのでお散歩できてうれしかったです。父は子供の頃、市街地から花脊へ行くとき、鞍馬まで来ると「えらい田舎に来てしもたなあ」という気持ちになり、逆に花脊から帰るときは、鞍馬まで来ると「えらい都会まで戻ってきたなあ」という気持ちになったそうです。つまり、行きと帰りで鞍馬の印象が全然違ったという話。鞍馬って、山と町を結ぶ要所なんですね。

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街道は細く、お祭りが始まると車が通ることはできません。郵便ポストもこの期間は封鎖されていました。

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大きな火の準備も。

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お散歩している間に、どんどん街道沿いのおうちの様子が変わってゆきます。各家、立派な祭壇のようなものが作られ、そこに松明が祀られています。屏風、鎧、着物、そして縄など、おうちによっていろいろなものが飾られています。それぞれの家の古いもの、家宝的なものなのでしょうか。この後お祭りで使うものが祀られていたのかな。

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いくつかの場所には鉾が祀られていました。鉾は葵や菊の植物、または虎や龍、百足などがあるそうです。「百足」をぜひ見たかったのですが、どこにあるのか分かりませんでした(あるいはどれが百足か分かりませんでした)。

 

これは虎。この飾りと同じものが鉾の先にも着けられているのです。

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蝶。

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葵かな?

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準備を終えたらしきおうちは、皆どこかウキウキした様子で、子どもたちも出てきていて、祭りの前!って感じです。この機会に親族が集まったりするのかなあ。私の町内でもそうした祭があったのでしたが、もう誰も集まらんな、寂れてしもたな、ラクでええけど、って話を母としました。手伝いのバイト?ボランティア?の学生さんと地元の人が「どこの大学なん?」みたいな会話を交わしてたり、地元の人が観光客にいろいろ説明してたりする様子も見えて、京都の祭っぽい風景や~!と思いました。「あちらの家は●●(※忘れた)やから今年は参加しはらへん」と観光客に説明してはる人があり、●●というのは「喪中」の意味らしいのですが、知らない言葉であったので、同じ市内であってもいろいろ違うんやなと感心しました。「このらへんの言い方や」と言うてはりました。

 

松明は、「男の人がいる家で3、4軒寄って作る」とか。大変そう。松明は、巨大なの、中くらいの、小さめの、と大きさもいろいろ。「小さめのは子ども用やろか?」と私、「小さめいうてもだいぶ大きいで、子どもにはムリやで」と母。

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なんかかわいく並んでいる小さい松明ふたつ

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駐車場にぽつんと置かれてたやつ

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女の子の着物を飾っているおうちがあり、華やかで可愛くてきれいでした。「これは何ですか?」と訊くと「子どもらが今日着る着物です」とのこと。以前は、松明を担ぐのは男の子だけで、女の子は決まった役(太鼓?)でしかお祭りには参加できなかったけれど、何年か前から女の子も松明を担げるようになったと教えてもらえました。教えてくれた女の人と母は「ええことやねえ」と言い合うてました。

 

 

■由岐神社、御旅所

火祭りは由岐神社のお祭りです。

京都観光ナビの火祭りの説明によると、

その起源は天慶3(940)年、それまで御所に祀られていた由岐大明神が鞍馬に勧請された時に、村人が地主神である八所明神を神輿に乗せ、無数の松明を持って出迎えたという故事に由来するといわれている。

そういえば鞍馬寺には来たことあっても、由岐神社って入ったことないかもしれません(いつもその手前でケーブルに乗るため)。お参りしてみました。


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あッ鳥居ちゃんや!と思うたら、これは正しい鳥居ちゃんやった。f:id:kamemochi:20221104130016j:image

 

ご神木すごく高い!

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街道から神社へ、少し坂を上ったところが報道用スペースになっていました。新聞やニュースの映像はここから撮られてたんすね。神社には「天狗みくじ」がありました。神社も土産物屋も天狗づくしであります。母が、「会津行ったときみたいに、ここもずっといてたら天狗が可愛くなってくるんやろか」と言うててなんかおもろかったです。会津に行った際われわれは、「最初なんとも思ってなかった赤べこが異様に可愛く感じられ始める」というふしぎ体験をしたのでした。

御旅所のほうにも行ってみました。ここでは過去の祭の映像が上映されており、ベンチや植え込みに人々がぎうぎう座って休んでいました。鞍馬は、座れるようなお店は駅前に数軒しかないですし、早くに来て手持ち無沙汰になった人たちは皆ここで祭りの始まりを待っていたのでした。

御旅所にはお神輿が据えられていました。キラキラして立派。ただし今年はこれらのお出ましはないそうです。

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■開始

母が「なんかお饅頭みたいなもんが食べたい」というので再び駅前へ。駅前はずいぶん人が増え、土産物屋さんが賑わっていました。しかし和菓子屋さんの饅頭は売り切れ。火祭りは、祭といって夜店などは出ていません(そこもまたいい)。商売っけのない祭って感じです。母は持参した菓子で口淋しさをしのいでいました。

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土産物屋を眺めていてふと、そういえば以前このあたりに遠い遠い親戚のお店もあった、ということを思い出しました。祖父を乗せてドライブ中、入った土産物屋の隠居のおばあさんが、祖父と同じ山の中から出てきた人であることが分かり、といってもそれぞれ山から出てきたのは何十年も前。「へえ、こんなとこでお会いするとは」と語らう二人の写真を撮った記憶がありますがそれもずいぶん前のことで、お店が正確にどの場所であったのかもう分かりません。今思い返すとおとぎ話の一場面のようでした。

というような思い出を思い出しているうちに、ようよう日も暮れてきました。人も増え、警察も増えて沿道にパイロンが並べられ、いよいよ祭の雰囲気であります。

 

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ところで祭はどこで見物すればよいのか? 神社の前で待機すればいいのか? ボランティアの人に尋ねると、「タイミング次第なので何とも言えませんねえ」というお返事。「?」となりつつとりあえず駅と神社の間あたりに陣取っていると、警察さんが来て、

「お祭りは止まって観ることはできません! 歩いてください!」

と追い立てられます。なるほど、どうやら見物客は街道沿いを一方通行で回遊魚のように周遊させられ、歩きながら集落全体を見て回り、運が良ければ神社でのなんかレアな場面を見られたりもする、という方式のようです。人も混み合い始め、ドサクサに押されて跨いではあかん何かを跨いでしまったらしき観光客に、地元のおばあさんが「コラッ、それは神さんのや! 跨いだらあかん!」と怒ってはりました。祭開始はまだですが、街道沿いに配置された警察官、櫓の上の警察官の「歩いてください、立ち止まらないで、歩いてください、一方通行ですよ」という怒号が響き、回遊魚と化すわれわれ。風情もへったくれもない……しかしこんな狭い地域に人が殺到するのやから事故防止のためにも仕方ないのでしょう。この「秘境ゆえに有名になって秘境の風情が失われる」のは観光地の宿命であるよなあ。かつ、怒号を浴びても動かん人は動かんし、また警察官は頑なに日本語しか喋らないため日本語の分からない人(外国人観光客らしき人もたくさん来てました)はそもそも指示が分からないので、一定の人(日本語を解さない人&日本語を解すが指示を聞かない人)は一定の場に滞留し続け、その前を、日本語が解しかつ警察の指示を聞く人々のみが追い立てられる羊のように歩き続けるという不思議な図に……。なんとかならんのか、と思うけど何ごともこれくらいのゆるさでええのんかもしれません。この「一定ペースで歩き続ける」という観覧方式、子連れの人や足腰の悪い人にはムリがありますし。

 

回遊している間に、家々の前の篝火が点火されてゆきます。勝手なイメージで、祭の開始を告げる号令のようなものがかかって一斉に火が灯るのかと思うていましたが、それぞれのおうちごとに静かに始まるのですね。

 

 

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燃え始めた篝火。(※写真を撮っていると「立ち止まらないでください!」の声が飛ぶので、母が牛歩しながら撮った写真です。(でもみんな立ち止まってますね))

 

やがて「サイレヤ~サイリョウ~」の掛け声がして、小さな松明が通り過ぎてゆきます。見ると、運んでいるのは小学生と思われる女の子たちでした。さっき小さな松明を見ながら「子ども用かな?」「それにしてもだいぶ大きいで」という会話をしたのでしたが、やはり子どもが担ぐんですね。すごい! 大人が持ち手(離れたところから支えられるように作られている)を掴みサポートしてはいたけれど、子どもたちは見事に運んでいました。

 

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あちこちから断続的に「サイレヤ~ サイリョウ~」が起こり、子どもたちの運ぶ松明が街道を行き来します。中にはやっと歩けるようになった年頃の赤ちゃんも(さすがに松明に触れるのは形だけで、最終的には大人が運んでいましたが)。なるほど、松明行列は一箇所で出てくるわけではなく、各家から同時多発的に始まるんですね。家ごとの順番やどこからどこへ運ぶのかなど、法則はよく分からずでした。

それにしても、私がこの地域に生まれてたらお祭りの日は恐怖やったと思います。なぜなら私は火がこわかったため。理科の授業で「アルコールランプに火をつける」って課題があったんですが、私がいつまで経ってもできないため班全員が昼飯を食べられなかったんでした(班全員ができるまで終われないという指導法、最悪ですよね)。マッチを擦ってアルコールランプに持っていけばいいんですが、マッチに火をつけた時点でパニックになってしまい、火のついたマッチごとどっかに放り投げてしまうのでした。

 

 

子どもの松明が一段落すると、今度はあちこちで大きな松明に点火され始めます。

 

大きな篝火も燃えていました。この時間になると気温も下がってきましたが、一帯は火のおかげで暖か。母が暖をとるためやたら火に接近するんでハラハラしました。

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留学生なのか、若い外国人の集団も多かったです。松明に反応して吠えまくる犬がいて、犬好きっぽい外国人の集団が「カワイイ!」「カワイイ!」と犬の周りに集まり、私も「カワイイ!」と犬の周りに集まり、しばらく祭そっちのけで犬カワイイ国際集団が形成されるなどしました。

外国からの人は聖地巡礼のついでなのか、アニメや漫画のグッズを身に着けている人が多かったです。幽白の飛影のバッジ着けてる人がいてアツかったです(あえて蔵馬じゃないのね)。フランス語を喋っていた女性が、「サイレヤ~、サイリョウ~」とお囃子を真似始めました。

 

 

観音様の鉾。(結局「百足」は見つけることができずでした。)

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篝火と星。

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次々点火されてゆく大松明。
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松明は神社のほうへ運ばれていくもの、神社から運ばれてくるものがあります(何か法則があるんだろうけれどやはり分からず)。大松明は男性三名で担がれ、周囲にそれをサポートする人々がいます。一番後尾をかつぐ人は、頭のすぐ傍で炎が燃え盛り、裸の背に火の粉がパラパラと落ちています。「いや~~ 熱うないんやろか!」と心配する母。いや、絶対熱いやろ。(ここで「一番後ろの人が一番気の毒やな」「ムカデ人間でいえば真ん中みたいなもんやな」というくだらない会話があったことを記録しておきます。)

 

あちこちで篝火も爆ぜ、崩れた炭が路面に落ちて悲鳴が上がります。次第に松明の炎が増え、囃子の声が大きくなり、太鼓や鉦の音がそれに添い、はじめは普通に担がれているだけであった松明が左に右にリズムをつけてゆっさゆっさ揺らされながら運ばれるようになります。祭って感じになってきたーー! 複数の松明行列が街道を行き交いやがて一団を成してゆく。 路上には火の燻るままの赤い炭が点々と落ち、松明の後ろからついて歩く見物人たちの靴底もそれらを踏んでゆく。途中、点火中の大松明が倒れたようで悲鳴が上がったものの、それ以上特に何もなかったようでした。毎年のお祭りなんやから、そんなことには馴れてはるんでしょうな。

 

 

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やがて鉾も登場。一見スマートな見た目に反し、足は四手に広がっており、それぞれの足を持った運び手のひとびとがずん、ずん、と少しずつ歩いてゆくのは巨人の歩みのよう。それだけに幅もとります。「道を開けて!」という声が飛ぶも、この頃になると見物人もにっちもさっちも動けぬ状態になっておりどないせえっちゅうねん、と思うていたら、地元のおっちゃんが警官を押しのけて「あんたらは特別のこっちの軒に入って! こっちのグループはこっち!」と采配してスペースを開け始め、さすが地元の人でした。


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下からの炎に照らされて光る鉾の飾り、見事に電線にひっかからないのもすごい! 普段車で通過するときはひっそりとした鞍馬の里、ここでこんなお祭りをやっていたなんて、こんなエネルギーが秘められていたなんて、ふしぎやなあ、と母と言い合うたのでした。鞍馬の火祭り「京都三大奇祭」のひとつとされていて、たしかに奇祭や~~と思いましたが、しかし「奇祭」の定義ってなんなんでしょか。奇祭って定義あるんかな? まず、中央に近いところで行われるものは奇祭と呼ばれない気がするので、珍しい形態をもち、かつ周縁的な場所で行われるものが「奇祭」と呼ばれるんかな? そして「奇祭」と呼ばれるものにこそ、本来の「祭」の魂やエネルギーが残されているのでしょう。いや、しかしとはいえ、女の子も松明を担ぐようになったと地元の方が教えてくれたように「奇祭」も時代に合わせてその姿を変えているのであるから、周縁的な場所に古来の魂を見出だそうとするのもまた、オリエンタリズム的幻想なのかもしれまへん。とかなんとか考えたのでした。

 

さてさて、この後本来ならお神輿が出て「チョッペンの儀」と呼ばれるものがあるらしいのですが、今年はお神輿は無し。なおチョッペンの儀とは、この年成人を迎える男性が逆さ大の字になって神輿の端に乗るというもの。いつか見てみたいものです。人ごみの中で牛歩を強いられたせいで母の腰が終わってしまったので、迂回路を駅へと向かいました。駅へ向かうときに、一瞬だけ、神社の様子が遠くから見えました。それまで街道を行き来していたであろう松明たちが石段のところに一箇所に集まっていました。報道の写真や映像はこの石段の横から撮られているので、松明とそれを持つ人々の姿が写っていますが、遠目に見たものだから人間の姿は見えなくて、するとまるで大きな人魂たちがひとりでに神社に集まってきたかのように見えて、それがとても、美しかったのでした。この様子は写真には撮っていません。

 

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ずいぶん待たされてやっと乗った帰りの叡電はぎうぎうでしたが、乱入したでかい虫に若い女性が悲鳴を上げ、飛び回る虫を周囲の人が捕らえて連携プレーで車外に放り出す、という一幕がありなごみました。その一部始終を観光客らしき外国人男性がニヤニヤしながらビデオに収めていました。

 

 

 

最近観た美術展:楳図かずお@ハルカス、ボテロ@京都

芸術の秋どす!

最近観た展示の記録でございます。

 

 

(1)楳図かずお大美術展@あべのハルカス美術館

楳図展、東京でやっているのを知って、ええなあ~~行きたいな~と思っていたのでしたが、関西にも巡回してくれました!

これは嬉しい!!

ということで行ってきました。

 

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ハルカス美術館って初めて来ました。展望スペースやオープンカフェもあるオサレ建物に楳図絵がばばーんと出現してかっこいい!

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前情報をよく知らなかったので、原画とかあるのかな? と思いつつ行ったのですが、入ったところはパネル展示と楳図インスパイアの美術作品が主でした。

大きな真悟がいた!

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こういう資料展示も貴重で有難かったです!

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『ママがこわい』とか、登場したときはこういう形だったのですね(『なかよし』の別冊付録)。当時の惹句もよいし(「夏休みにおくるぐっとこわくてすずしいまんが」とかいいですね、涼しすぎるよ)、表紙の背景が風景写真なのもなんか面白いですね。

私は、私の母がこれらのリアルタイム世代でして、子供の頃から「お母さんの小さい頃は楳図かずおという漫画家の『ママがこわい』や『赤んぼう少女』がほんまに怖かった」と聞かされていたのでした。私はびびりだったので、『小学●年生』に載っていた、今見ればしょぼいであろう怪談漫画みたいのが超怖かったんですが、そのたびに母が「楳図かずおという人はもっと怖い」というのです。私自身のファースト楳図は高校生のときに角川ホラー文庫で読んだ『赤んぼう少女』です。どんなに怖ろしい漫画なのだろうとドキドキしながら読んだらタマミちゃんが意外に可愛かった、という思い出があります。今回、お客さんは、母世代の人もたくさんいました。

 

しかし、今回の展示の目玉は『わたしは真悟』の続編。なんと『14歳』完結以来の楳図先生の新作!(27年ぶり!?) といっても一枚絵だと聞いていたので、「一枚絵かあ、楳図先生もう漫画を描く気はないんかな」とあまり期待していなかったのですが、その一枚絵が101枚もあると思わんやん!!

 

101枚の絵は、どれもフルカラーで色遣いが鮮やかで美しく(特に図録の印刷では分かりにくいいろいろなピンク)、まさに奇想という感じのデザインも健在で、またその制作について生き生きと語る楳図先生の様子もすごくよかった!

そして、好きな楳図漫画の要素が全部詰まってました。 思いっきりフリルやレースがあしらわれた衣裳の描写。絢爛なお屋敷の描写。いきなり出てくる謎のキューブ。楳図手書きフォント。緊迫のストーリー……のはずなのに「意外と簡単に顔がつくれたね!!」とかのそこはかとない脱力感(「あの人の好きなのり巻きを二人で…」系)。かと思えば次々に現れる奇想天外なデザインに驚かされ。SFだけれどおなじみの「美醜」というテーマ、特に顔がたくさん現れて飛んでいく場面に、ああ楳図先生や~!!と思いました。

 

101枚の絵(とその下絵)は撮影不可でしたが、そのうち数枚を拡大したものが飾られており、それは撮影OKでした。ということで、これがそれです。

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舞台のデザインの一部にさりげなく楳図ボーダーが取り入れられているのが心憎いです。

 

図録はなかなか高価でしたが、新作が全て収められているということで買うてしまいました。本展覧会のアドバイザーである椹木野衣さんの文章もあり。

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グッズも沢山出ていて、食器が意外にも美しくて心惹かれたし、なぜかスノボ板があったりして面白かったのですが、「14歳」ピンバッジだけ買いました。『14歳』は大好きな作品です。

楳図的なバッグにつけました。

 

 

(2)ボテロ展 ふくよかな魔法@京都市美術館

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ボテロ展が京都に来たので行きました。「ふくよかな魔法」ってサブタイトルとか、「ボテリズム」って言葉ができてたりとか、キャッチ―な広報。一方、キャプションの文章がエモ寄りだったのが印象的でした。あ、この展も撮影OKでした。最近撮影OK展増えましたね。

 

静物画の章がいちばんよかったです。

このどっしりした洋ナシ(でかい)を見たとき、身体がホワ~~と弛緩したので、自分はこういう形が好きなんやな……と再認識しました。

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ボテロを知ったんは、昔にTVでやってた15分くらいの美術番組で、それを観ていた親が「あんた! テレビにホル画みたいなん映ってるで! 描いてる人の名前もなんかホルっぽい!」と呼びに来たんですよね。

そのときは、単に「いろんなものを太らせて描く面白画家」という認識だったんですが、本人がインタビューで「僕の作品は太ってるんじゃない、膨らんでるんだ」と語っているのを見てなるほどたしかに、と思うなどし、今回、あの形態に至った経緯もよう解りました。

ところで今回、物販コーナーにでぶコーナーみたいのができており、『たぷの里』とかでぶ猫本とか、「ふくよか」以外に特に共通性のなさそうなものが集められていたのがちょっと可笑しかったです。

 

お花の連作がよかったです。

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また、多くの作品に、宗教への風刺や政治的背景があることも分かりました。何年か前、ボテロがアブグレイブをテーマとした連作を制作したという話を聴き、意外に感じたのでしたが、最初から政治性の強い作家やったんですね。

 

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有名な絵。コロンビアの聖母子。子イエスが持つ小さな旗はコロンビアの国旗。

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もう終了していますが、展と同時に京都シネマにてボテロの伝記映画も上映されていました。

あと、これも展に合わせてなのか、ちょっと前に破損した大阪御堂筋のボテロの踊り子像が修復されていました。

 

ふくらんだ踊り子に倣い、ふくらんだ私も華麗なポーズをとった、つもりでありましたが……

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ボテロ展と同時に、コレクション展では「身体、装飾、ユーモア」という企画がされており、こちらも面白そうだったので観ました。ポスターの作品(福田美蘭「誰が袖図」)に惹かれ。

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織り物でさまざまな人体パーツを作る、小名木陽一という人を知ったのが収穫でした。乳作品もありました。


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ところで今回、京都市美術館が「京都市京セラ美術館」になってから初めて訪れました。昨今なかなか行く機会がなかったので……。えらいきれいになりましたね。一方、どこもかもオシャレカフェを備えた明るい建物になり、大企業の名前がついてしまう昨今の風潮に、いまいち馴染めん感もあります。

 

ガラス張りになった正面玄関に、しかしこれは残ってました。

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