年末年始絵馬大会


こんなものは年越し前に放出したかったのでありますが、昨年末に採取した縁切り絵馬をupいたします。

年末、友人一家と会い、少し大きくなったお子さんとも久々に会うことができて楽しく過ごしました。
しかしその待ち合わせ場所は「縁切り神社」。
いきおい、まだ言葉を覚え始めたばかりの新しい生命を交え、汚い言葉溢れる縁切り絵馬を皆で鑑賞することとなったのでありました。

それにしても私が絵馬ファンになった頃は閑散とした神社であったのに、驚くべきは観光客の急増です。縁切り碑をくぐりたい人が列を成し、絵馬掛け所の周囲にまでぐるりと列が続いているので、絵馬を見るのもずいぶん難しくなりました。参拝している人の多くは、別にふつうのわいわいと楽しそうな観光客ですが、しかしこんな人ごみの中でも相変わらず呪詛の言葉が書かれ続けているのであるなアと思うと、閑散としていたときよりもより寒々とするものがあります。

では、年末の絵馬です。



SMAP

まず、世相を反映する絵馬として。
昨年はSMAPに始まりSMAPに終わった感のある一年でありましたね。



うむ……
ファンの間では「5人は一緒に活動したがっている」という前提が定説なのでしょうか? (5つの☆は5人を表しているらしい。)
私はファンでないので詳しい事情は分かりませんが、端から見ていて、SMAPのなんか怖い会見といいやめたくてもやめられない天皇といい、今の日本の息苦しさを象徴するようなできごとの多い一年であったなアという感じです。そうした諸々とみんなの縁が切れるように祈りたいものです。



SNS撲滅運動

もうひとつ世相を表す絵馬を。
私は幸い特にストレスもなくSNSを利用できていますが、SNS時代ゆえの人間関係のわずらわしさはしばしば話題になるところ。この方もSNSで何かあったようです。一体何があったのだ……。




撲滅の「滅」が「減」になってるとか、いろいろ言いたいことはありますが、もうひとつ注目したいのは、今やもはや古式ゆかしきネットスラング 「逝って良し」 です。同世代と見た! しかも字が綺麗。逝って良しとか書いてるのに……。



・呼びかけ

「神でなく縁切り対象に呼びかける絵馬」「もはや神に祈るという形態をとっていない絵馬」は、縁切り神社に特徴的に見られますが(※これまでの絵馬記事をご参照ください)、今回もありました。
ただ驚くべきは、同一絵馬主が一つのコーナーを占領して何枚も絵馬を書いていたこと。
いや、これもまた縁切り神社によくあることなのでそんなに珍しいことではないのですが、この人の絵馬は、呼びかける宛先がそれぞれ違うのです。
以下の絵馬は、一人の男性をめぐって、別々の人物に呼びかけられています。混み入った事情があるようです……。





しかしこう何枚も書くのでは絵馬代もバカにならぬのでは。(絵馬は500円くらいだった気がします。)



・写真入り

最近しばしば見るパターンが、縁切り対象の写真を貼っているパターンです。これは怖い。



「ちゃんとレイアウト考えてから書けよ」とツッコミたくなる感もありますが、……しかし怖い。念のため写真部分にはモザイクを入れましたが、女性の花嫁姿の写真が使われており、しかもその写真の表面が爪か尖った何かで幾筋も傷をつけられていました。

裏返すとそこにも文字が……ううう……




・個人的に嫌いな絵馬

しかし実は私はうらみつらみみたいなのはそれほど怖くなくて、本当に怖いのは、自分や人の幸せを祈る絵馬の中に潜む悪意なき刺や差別意識です。
今回個人的に最もイヤーな気持ちになったのはコレ。



人が結婚相手に何を求めるかは、それぞれ事情もありましょうし双方が納得していればどうでもいいとは思っておるのではありますが、しかしこういう価値観のせいでこれまでイヤーな思いをしてきたことが多々あったので、なんともイヤーな気持ちになることですな。


・諦念

気を取り直し、個人的に好きな絵馬はこれ。シンプルな文面に漂う諦念。




・今回のMSE

そして今回のMSE(最も・「そんなんありなん!?」な・絵馬)はこれでした。



願い事自体は特に変哲もないのですが、「優先的にお願いします」の一言がナイス!
たしかにこのところ混雑を増す縁切り神社でありますが、こんなんありなん!?




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お正月は藤森神社に行きましたが、こちらは一転して、勝負事と馬のことしか祈っておらず、すがすがしかったです。










ちなみに藤森神社にはお馬さんもいて、「お賽銭を入れればえさをあげられる」という触れ合い系動物園のようなアトラクションがありました。お馬さんは優しい目をしていてかわいかったです。




遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。