恍惚の犬(耐久ひなたぼっこ)

わたしには、つねづね心苦しく思っていることがありました。
まめ子のさんぽに出かけるのは、いつも用事の前であることが多く、したがってあまりゆっくりする時間がとれず、ツイツイ、
「まめ、行くよ」
「まめ、はやく」
と、ゆっくり歩くまめ子を急かしてしまうことです。
まめ子は「うぐ」とか抵抗しつつも、てとてとついてきます。
ああ、そのうち、まめ子を急かしたりせずに、まめ子の気の済むまで、どこまでもおつきあいしてあげたい…!! というのが、近頃の念願でした。


ところで、目下、我が家は自宅の改築中であり、その関係でまめ子にはしばらくの間窮屈を強いてしまっています。
まめ子、ごめんよ、窮屈な思いをさせて……
何かまめ子サーヴィスをしてやりたい!! そこでわたしは、念願の「気の済むまでおさんぽ」を決行することにしました。

午前中は何も用がありません。幸い、空は晴れて、とてもよい陽気です。
まめ子、今日はどこまでもおさんぽしやうね!
東は滑石まででも、西は西京極まででも、北は鴨川の源流まででもいいのだよ!! 



そう意気込んで、わたしたちは家を出ました。
ですが、家を出て少し行ったところで、


ぺったり………





まめ子はおもむろに腰を落とし、路上に腹這い、ご休憩態勢に入ったのでした。
ええっ、もうひとやすみなの!?
「まめ、もっと行こーよ、まめ」
ああ、今日はまめ子を急かすまいと思っていたのに急かしてしまっている……。


しかしまめ子は微動だにせず、そこに落ち着いてしまいました。
日だまりでぼんやり遠くを眺めるまめ子。
日差しはぽかぽか。まめ毛もほかほかしてきます。


そのうち………




ごろーん………




うわあ! ついに ごろんOn the road です。
そして、寝ながら、滅多にふらないしっぽをふりふりふっている(かわいい)! よほど気持ちよいのだね。
わたしも傍らに腰を下ろし、背をなでたりしてやると、まめ子はお口をむにゃむにゃしながらごろんごろんお腹を見せたりしてくれます。




ごろんごろんしすぎて変な寝相に…。







至福。




そしてまめ子はこの態勢のまま、いっこうに立ち上がる気配がありません。
路上でこのありさま。完全に迷惑な犬です。
普段なら、ひとやすみしていても、仲良し犬と出会ったりすれば犬らしくしゃきっと立ち上がるのですが、この日は寝そべって上目遣いに見送るのみです。それでも犬か!
道行くひとびとが口々に、「かわいー」「きもちよさそー」「死んでる?死んでる?」と声をかけてゆきます。死んでへんわ!


やがて、一時間、二時間が経過し、お昼を過ぎてしまいました。強い日差しにさらされ続けたため、わたしもしんどくなってきました。もはやがまん大会の様相です。
「まめ、そろそろ行こうか」
とリードをひっぱりますが、まめ子はよっつの足を踏ん張り、地面に貼り付いたまま、「うぐー」と抵抗します。
こ、このままでは、日が暮れるまで帰れない………
ついに非常手段の発動に至りました。
母に電話をかけ、ジャーキーを持ってきてもらいました。
ジャーキーを見たまめ子は、数時間ぶりにすっくと立ち上がり、てとてと帰途についたのでした。


ごめんよまめ子、今日もけっきょく、気の済むまでつきあってあげられなかった………
いつか、日の暮れるまでぼっこしやうね…。