花脊八桝の松上げを見に行ったよの巻/謎の山

京都の山間部でお盆に行われる「松上げ」という神事があります。

いくつかの地域で行われる、愛宕信仰に基づいた行事とのこと。

去年初めて広河原の松上げを見に行った記録は以下の記事に書きました。

これによりすっかり「松上げファン」になってしまったので、今年は花脊八桝の松上げへ行きました。(地域によって日程が異なり、八桝は8/15、久多は8/23、広河原・雲ケ畑は8/24らしい。)

 

***

 

レンタカーで出発。これはお盆で空いている川端通り。

f:id:kamemochi:20250822115432j:image

 

鞍馬街道を通ってゆきます。

私は平地の民なので、鞍馬まで来ると同じ京都でありながら「旅」の感じが生じます。父は幼い頃に頻繁に花脊に通っていたのですが「行くときは鞍馬まで来ると『ああ田舎に来たなあ』と感じ、帰るときは鞍馬まで来ると『ああ都会に来たなあ』と感じた」そうです。

 

 

花脊峠のてっぺん近く。この日京都盆地は37℃とかでしたが、峠は24℃でした。

f:id:kamemochi:20250824124003j:image

 

峠を越すといつもこの看板に「そうやんな~」と思う。

f:id:kamemochi:20250824124007j:image

 

峠を越したあたりで暗くなってきました。集落と集落の間の道が長く感じられます。

細い道、前をみちみちと走るのは京都バス。京都バスは松上げの際に観賞用の特別便を出しており、これもそれと思われます。

f:id:kamemochi:20250822115436j:image

沿道に立派なカメラを持った人が待機していて、松上げ会場はまだ先なのに? と思ったらば、どうやら京都バスファンの方のよう。この日のバスは「松上げ輸送」と呼ばれているらしいです。

 

一本道を延々ゆくと人が集まっているところがあり、誘導の人に案内されて駐車場へ。「山村都市交流の森」が駐車場として使われており、駐車料金千円でした。広河原は駐車料無料であったので、こちらのほうが見物人が多いのかな? ちょうど満車になるところでラッキーでした(「満車やったらどっか遠くに路駐してもらわなあかんかった」と言われました)。

 

既に橋の上に人がいっぱい。

f:id:kamemochi:20250822115429j:image

われわれもそのへんに陣取りました。といってもなんも持ってきてないので立ち見。みんなシートとか椅子とか持ってきてるのに。(去年「来年来るなら椅子を持ってこよう!」と思ったのに完全に忘れてた。)

暗いので何も見えませんが、ときどき走ってゆく車のライトで川が照らされると、準備された松明たちの姿が浮かび上がるのが幻想的。

f:id:kamemochi:20250822115441j:image

 

なお昼間はこんな感じです。中央に見えるのが松上げの台(五年前の写真です)。この川は大堰川

 

到着したのが19:30頃。「松明行列の後点火される」という以外はいつ何が始まるのか、等何も知らないので、深まりゆく闇の中とりあえず待つのみ。闇が深まるにつれ星空がくっきり。

 

そういえば最近、大阪市科学館で星座早見盤を買ったのでした。

f:id:kamemochi:20250824094245j:image

買ったものの大阪市内ではちっとも星が見えない! いくら見上げても、僕には見えません、あ~ああ~あ~ああ~星が~今日の僕には見えません、願いをかける、星さえ見えず、そーんな気持ちなんです。というわけで「星座観察といえば花脊!」と思い早見盤を持ってきたのでした。

 

早速夏の大三角形の二点を見つけました。

f:id:kamemochi:20250822115418j:image

こんなに星が見えるのいつぶりか分からないくらいなので嬉しい! 静かなところに住む人には星空なんて日常のことでしょうが……。最近小学生向け理科の教科書を復習してまして、当時さっぱり分からなかった星の動きの理屈も分かったのでなお嬉しい。

しかし問題が。星は見えるが老眼により星座早見盤が見づらい! 星座観察は若いうちに。

 

そんなこんなで星を見たりかわいい犬(近くの集落の人が連れてきてた)を見たりしている間に、向こうの方に松明のあかりが見えました。

f:id:kamemochi:20250822115425j:image

松明行列の始まりです。

f:id:kamemochi:20250822115414j:image

 

行列は見物人たちのいる橋のほうへ回り込み、そこから川へ降りてゆきます。

f:id:kamemochi:20250822115445j:image

f:id:kamemochi:20250822115439j:image

 

太鼓が鳴らされ、各人が手にした松明でもって、準備された小松明たちに火が移されてゆきます。

f:id:kamemochi:20250822115421j:imagef:id:kamemochi:20250822135818j:image

 

一面に広がる松明の間を走り回りひとつずつ火を点けてゆく作業……大変やなあ! と思ったのですが、見る見る間に一面が明るくなったので驚きました。

そして一面が明るくなると同時に、さっきまであんなにくっきりと見えていた星々が見えなくなってしまいました。まるで星空が地上に降りてきたかのようであります。

 

f:id:kamemochi:20250822135837j:image

 

荘厳な光景に見入っていると、

「ウォリャオリャオリャーー!!」

と野太い叫びが上がり、周囲の見物人らが「がんばれー!」と応援モードに。松明投げ入れタイムが始まったのでした。

 

f:id:kamemochi:20250822135827j:image

 

去年初めて松上げを見て驚いたのがコレでした。ただ松明に火を点ける行事だろうと思っていたらば、「大松明(※大笠と呼ぶらしい)の籠に向かって玉入れのように小松明を投げ入れる」という行為が始まり、その瞬間、それまで荘厳で幻想的だったムードが一転、見物人らも「そこやー!いけいけー!あーっ!惜しい!」みたいなスポーツ観戦モードとなり、こんなお祭りだったのか!!! と意表を突かれたのでした。

地域によって形態はいろいろのようですが(雲ケ畑は火で文字の形を作るらしい……見てみたい……)、広河原と八桝は同じ形態のようです。

 

始まってすぐ、ひとつ籠に入って拍手が起き、その後しばらく皆さん疲れてきたのか勢いが落ちたもののまた持ち直し、二投目が入り、その後も次々シュートが決まり拍手。

昨年の広河原では開始一時間以上経ってもなかなか火が点かず、京都バスで来た人々は点火を待たずに帰っていましたし(バスは京阪の終電に合わせていたため)、今年も、火が点くまで一時間でも二時間でも見続けるぞ~~!! という思いでいたのでしたが、開始十分も経たないうちに見事な炎に!

f:id:kamemochi:20250822135820j:image

周囲の人も「早っ」と言っていたのでこれは早いのでしょう(松上げ平均タイムとか知りたい)。偶然なのか、風とか湿気とかの気候条件によるのか、それとも達人の方がおはしたのか。いずれにせよ、普段都市部にいると祭というものも終わり時間が明確に定まっていたりするので(交通規制の関係などで)、そうか、ここでは火が点くまでの時間を気長に待ってもええんや、とハッとしたり(悪しき「ハッとする」構文)。

 

炎の明るさで視界全体が橙。松明投げが始まって二十分ほど経った頃、見事、燃え盛る大笠が引き倒されました。

f:id:kamemochi:20250822135831j:image
f:id:kamemochi:20250822135815j:image

f:id:kamemochi:20250824094055j:imagef:id:kamemochi:20250824094101j:imagef:id:kamemochi:20250824094107j:imagef:id:kamemochi:20250824094114j:imagef:id:kamemochi:20250824094120j:imagef:id:kamemochi:20250824094151j:image

 

やはりすごい迫力でした! (しかし大松明が倒れた瞬間、見物人の多くがザッと立ち上がって帰っていったので面食らいました。バスの時間があったようですが「エンドロール始まった瞬間皆が帰っていく映画」みたいでちょっとおもろかった。)

広河原では、この後「ツッコミ」という行事がありましたが、八桝では無いようでした。再び行列が組まれ歌を歌いながら歩いてゆく、その歌がなんかとてもよかった……!  (今ぐぐってみたら、あれは「伊勢音頭」らしいです)

 

f:id:kamemochi:20250822135811j:image
f:id:kamemochi:20250822135834j:image

 

行列は、先ほどと同くぐるりと橋まで周り、またも見物人たちの横を通って再び河原へ。知り合いに声を掛けている人もおり、「入らへんかったわー、もうちょっとやったのに」みたいな会話が、ほんまに「試合の後の会話」みたいでした。

 

この後、行列の人々は公民館へ戻ってゆかれ、消防団の人たちが消火へ。われわれは消え残る火をしばらく見てました。

f:id:kamemochi:20250824093841j:image
f:id:kamemochi:20250824093849j:image

 

車が通ると、そのライトで自分の影が向こう岸まで伸びて「自分史上最長の影!!」とはしゃいだりしました(何をしておるのだ)。長っ。

f:id:kamemochi:20250824214202j:image

ちょっと異界感ある写真になってしまいましたね。火が消えてゆくと同時に夜空に星が戻って、「影おくり」ならぬ「光おくり」みたいでした。

f:id:kamemochi:20250824093845j:image

 

見物客はすっかり誰もいなくなって、駐車場も真っ暗でした。一番最後に来て一番最後まで居座ってしまった……。駐車場で、久多や広河原の名産を売るテントがあり、広河原のふきサバ味噌を買いました。

f:id:kamemochi:20250824214205j:image

 

松上げは火伏を願う祭でもあるとのこと。去年から何とか火を出さずに生きてこれたので(私は超激オッチョコチョイなので常に火の不始末の恐怖と闘っております)、今後もなんとか無事でありますように……!

 

それにしても、京都の山間部、とりわけ花脊は私にとって不思議な距離感の場所であります。

京都に住んでいるときは、自分の生活範囲(平地の一部)だけを「京都」と思っていましたが、京都を出てから「京都」の範囲が広がりました。京都市がまるごと「故郷」になったのです。そうするとかつては「チャリでは行けない場所」くらいの認識しかなかった山間部のことが気にかかり始めました。同時に「中年になるとやたら自分のル―ツとか探り始めるアレ」の一環で、花脊が妙に恋しくなり始めたのでした。よって、現在の居住地(大阪)から見れば花脊は「故郷」のようにも思えるのですが、ルーツといってもそこに住んだことはなくそこの生活を知らない自分はやはり「来訪者」であるし。花脊のことだけでなく、地元人/よそ者 の線引きって、案外曖昧で相対的なもんやな、と思います。「地元の祭」と思うていた祇園祭とかも、たしかに自分の生活圏に影響が及ぶという点では「地元の祭」なんですが、山鉾町の人らからしてみれば海外とか他府県から来る観光客と変わりないであろうし。

 

***

 

ところで、帰りは峠を避けて京北のほうから帰ったのですが、国道477を走っている途中に山に「山」という字が浮かんでいるのを見ました。アレは何??? 家族に訊きSNSでも尋ねてみたのですが未だ不明です。火ではなく人口の光と思われます。天童山・飯森山のあたりと思われますが………何??? ご存知の方教えてください。


f:id:kamemochi:20250824093852j:image