春の思い出(1) ありがとう日吉窯元まつり!

今更春の話なんですが、4月、日吉窯元まつりラスト回に参りました。

日吉窯元まつりというのは、京都東山の清水焼の窯元のお祭りです。
清水焼で京都といえば五条陶器まつりが有名でありますが、日吉窯元まつりは同じ東山区なのにいまいち人は少なく(山手でアクセスが悪いからでしょうか)、しかし手作り感があり、いろんな窯元を直接訪ねられるという地域密着型の、アトホーム感あふるる祭りなのでありました。
が、残念ながら今年がラストとの報……運営が大変だったのでしょうか。淋しいねエと言いながらいつもの人々と東山へ。


私はとりわけ焼き物に興味があるというわけではなかったのですが、当初、研究室の先輩(まれびと)とその友人(男塾生)に花見がてら誘われ、それからなんとなく毎年彼らと詣でるようになったのでした。
まずはメイン会場である今熊野小学校(今は廃校)に集い、屋台(近所の人が出している)で食べ物を買い、酒を飲むのが例年の習い。体育館にいろんな窯元のブースが集まっているのを一巡りし、それから周辺に点在する窯元を一軒ずつ巡ります。
伝統的な清水焼らしい作風、斬新な作風、素朴なもの、豪華なもの、手頃なもの、高価なもの、カラフルなもの、渋いもの、と商品も様々であり、それぞれの窯も、現代風に設えているところや陶芸教室を併設しているところもあれば、いかにも職人の作業場という感じのお家もあり、その個性が楽しい。思えばこういう機会でもなければ、なかなか直接工房を巡ることってないものなア。





各窯元でスタンプラリーのスタンプを押せて、一定集めると陶器の箸置きorストラップをもらえるのも愉快です。
このスタンプの置き方も各窯元に任されているのですが、一軒スタンプが見つからんな?と思ったら、近くの電柱のかすかなでっぱりに、絶妙なバランスで、しかしやっつけのように放置されていて爆笑しました。THE手作り感です。


またこのあたりは、かつて縁のあった懐かしい地域でもあるのですが、東山へ続く坂道に小さな商店などがぽつぽつあり小さな街が展開されていて、その京都の家並みの中を歩くのも愉しみのひとつです。



共産党のポスターが多いのも、京都〜!て感じで懐かしけれ……。



或る窯元さんの入り口の、大きな竹(??)が植わっているのも清水焼。



ロージ(※京都語)にひっそり並べられる器たち。ときどき「ご自由にお持ちください」コーナーもあるのです。



何か作業中なのか、いかにも工房近くの風景。



毎年ケーキと珈琲が500円ほどでいただけるこのお店では、その際、自分の好きなカップを選べます。
それを購入できるわけではないですが、イイ清水焼のカップを使うだけで贅沢な気分。紙コップで飲むのとは違いますなあ。
イロイロなデザインがあるのですが、私はこのピンクの可愛いやつを選びました。みんなもそれぞれ、渋いのんを選んだり、モダンな柄を選んだり。




こちらはある窯元さんの看板犬「ハク」さん。優しい眼差し。小さな子が好きらしく、いつも私にはあまり相手してくれませんのです。しかし今年は初めてハクさんから寄ってきてくれて嬉しい限りでした。




これは以前、若手作家さんたちの出店ブースでゲットしたねこちゃん杯。こんな可愛いのもあるのですよ。
お酒はあまり飲みませんが、角砂糖やキャンディなど甘いものを盛ると可愛いのです。





私は、もともと器とか特に興味はないほうで、むしろ、お気に入りのものを得てしまうと割ったり壊したりしてしまうのが怖いので、毎日紙皿でええわ、ぐらいな人間であったのですが、この祭を通して焼き物の面白さの一端がちょっと分かったのと、また、そうした儚さも焼き物の魅力のひとつなのかな、と思うようになりました。



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ところで、数ある窯元の中で、特に私がファンであるのは、「重窯」という窯です。

初回訪れたときに先輩(まれびと)から、インパクトある窯元があるんだと聴いて気になって訪れたのでした。
そこには、一見フツーの陶器であるがよく見ると個性的で創意に富んだ、時に斬新なモチーフが広がっており、絵付けの線は正直、こなれた流麗さではないですが、ひとつひとつが何やら愉しげでじわじわ惹きつけられるものがあり、いったん通り過ぎたのでしたが、しばらくしてからどうしてもここで見た 「顔」ブローチが忘れられず、どうしても気になり始め、再び買いに走ったのでした。

作者は90歳前後のおじいさん。年々その先生の中で流行りがあるらしく、この年は「クレオパトラ」「茄子」「隈取り」などのモチーフが流行っているようでした。
ちびまる子に出てきそうな「顔」のブローチを、お店の方(先生のご家族でした)に「これ下さい……!」と渡すと、
「えっ、それがいいんですか!? そういう人がいらっしゃるんですねえ!」
と驚かれてこっちも驚きました。
ご家族のお話によると、先生の作品にはファンがいるらしくまとめて買っていく人もいるとのこと。ご家族が「顔が売れますよー」と伝えると、先生がこちらへ来て「ほお、これはどこの顔やったっけな」。
どこの顔とかあるんかい! とまたも驚いていると、
「全部あるよ、調べて描いとるからね。これはチェコの顔やったかな……」
すごい!と感心するやいなや、「いや、違うたかも。忘れた。適当や」。……イイ!
さらに、車の図案の小皿があり、「これもいいですね! 周りが道路標識になってる!」と興奮する私に、先生、 「道路交通省から褒美を貰わなあかんなぁ」。
その一言で、 なんだかずきゅーん!ときて、すっかりファンになってしまったのでした。


これがそのときに買った顔ブローチ。他にもいろんな顔がありました。


車の小皿。道路標識がイイ! よく使っています。



後に先生が語ってくだすったところによると、「清水焼の定番の柄はあるけど、よそと同じようなものを描いてもしょうがないから。同じもの描いてもよそさんは絵が上手いから!」 とのことで、諸々の考慮の結果、こうした作風に行き着かれたことが窺えました。
といっても、定番柄では負けるから仕方なしに変わったものを描いている、というふうではけっしてなく、重窯の最大の魅力は、作者が愉しんで創ってはることが伝わってくるその感じです。作品からは、アイデアを練ったりそれを描いたりすることの愉しさが溢れています。こっちはイギリスの戦士の絵、こっちはメキシコの、ええと、何やったかな……と解説してくれる先生の目は、キラキラしていました。
私の、故・母方祖父も、プロではないですが木彫りを作ったりなんやかんや彫ったり細かなモノを作るのが好きな人物でしたが、ちょっとその、おじいちゃんの感じを思い出しました。



「顔」以外の、乙女な柄のブローチやペンダントトップもありました。車の中に桜ぎっしりなのが可愛い〜!
作者の創意が炸裂しています。



こちらもブローチ。


古銭ブローチは、乙女柄ブローチの中で異彩を放っていました。手にとって、寛永通宝ね、ああ、こっちも同じものね、と思いきや、ひとつは寛永通宝でなく和同開珎で、それを見た瞬間うをををー!もうダメ……好き……となりました。重窯の先生は同じものを二つは作らない主義のようです。


こちらは鹿の皿。元ネタのある図案だそうですが、鹿の脚がなんだか筋肉質なところに惹かれました。
この年同行した連れは、一度スルーしたものの後から 「やっぱりどうしても気になる……」 という、初年の私と同じ症状を発症していました。重窯の魔力を物語る一件です。


なお、これを買うときに先生が、「あー、それ使いにくいねん」と別に言わんでもええことをわざわざ言い、笑いました。昔、メキシコ(われわれの行きつけだったパラダイス的店)でアボカドジュースを頼んだとき、マスターが「それあんまり美味しうないで」と言うたことを思い出しました。(それをきっかけに行きつけになった。)
しかしこの鹿皿、形はすごく綺麗です。作者ご本人は「絵があまり上手くない」ばかり言うてはりましたが、先輩(まれびと)によると、重窯の焼き方は他と較べても上手なのだそうです。私は焼き物の鑑賞の仕方はあまり分からないのですが、薄く焼くのには高度な技術が要るらしく、その点ここの作品は、繊細で見事だとのこと。


こんな感じで使うております。



こちらは去年買った大皿。桜の花で埋め尽くされた中に満月、飛び跳ねるウサギの図が美しくて、感動して買いました。


たしかに器用な線ではないのかもしれませんが、けっして「ヘタウマ」ではなく、生き生きと生命感があって、プロの商品であり、プロの商品なんだけど一方でまっすぐに純真に訴えかけてくる、そんなところが重窯の魅力やなぁ、と思いました。


そして今年のラスト回で買ったものたち(オレンジの湯飲みは他の窯元さんのものです)


戦士のブローチ。(どこの国の戦士だったか聞き忘れた……)


ひょうたん柄。これは、コロンとして手に収まる形が可愛くて気に入りました。



今年出ていた商品はすべてこれまでの在庫品でした。重窯は、今は窯も取り壊してしまい、もう新作を造ることからは引退されているそうです。「淋しいけれど、そんなところも思いきりのよさですね」というようなことを、お店の方は言うてはりました。
しかし、作品を見たい方は、大阪・江坂駅前の「萠茶」というカフェで、大きな作品を見ることができます。一度訪れたのですが、カフェ自体も、とてもよい感じでありました。