老犬看取り之記(1)


まめ子は、3年前には心臓が原因で一度危篤に陥っていたりといろいろありまして、最期の状態は、獣医さんによると「老衰による全般的な機能低下」 とのことでしたが、直接の死因となったのは腎臓だったと思います。

具合の悪くなってゆくまめ子を見ながら、どんな感じでしんどいんやろう?「ここがしんどいねん」とか喋ってくれればなあ、と思いました。
昔、深沢七郎が、「死ぬならおっかさんと同じ癌で死にたい、おっかさんはこんなふうに苦しかったのだな、と思いながら死ねるから」 というようなことを書いているのを見たときは、うわぁ……いくらおっかさんが好きでも死因をお揃いにしたいとか……とやや引いたものでありましたが、まめ子の闘病を見て以降は、シチローの気持ちがよく解るような気がします。
(ところでシチローは犬に関する短篇も書いていますね、これもまた読み返してみたいです。)


さて、まめ子に、看病らしい看病をした期間はほんのわずかでしたが、その間のことを書いておきたいと思います。
自分の記憶のためと、(私は犬飼い初心者であったしまめ子はかなりラクなケースであったうえ性質的に特殊な犬だったので他の方の役に立つことはあまりないとは思いますがもしや)どなたかの役に立つことがあれば、という思いから。


今回、私も家族も、よくやった、と思うことがいくつかあります。
(まあ死んだ者の側からしてみれば、飼い主がよくやろうがやるまいがあんまり関係ないと思うので自己満足ではあるのですが。)
まず、よくやったと思うのは、先日書きましたように、最初に獣医さんに診断を受けて帰った日、即、ペット葬儀やペットが死んだ後の処置について調べ、レポートを作成したことです。(※わざわざレポートを作成したのは、私以外の家族はネットを使えないため。)
まめ子が近いうちにいなくなるなんて断じて考えたくないことであったし、私は平生、考えたくないことは果てしなく後回しにする性質であり、また、生きているまめ子が横にいるのにその死後の処置を調べるのはなかなかの心理的抵抗を伴うことではありましたが、この段階で調べておいてよかったと思います。
もっと悪くなってからでは、もっとつらい思いで調べる羽目になったでしょうし、また、このときに必要なことをすべて書き出しておいたおかげで、最期のときに慌てず、ゆっくり別れを惜しむことができました。

ちなみにわれわれが火葬をお願いした葬場は、ペット霊園も営んでおり、杉本彩の犬がそこに眠っているらしく、「よし」と思いました。
普段、「芸能人も愛用!」みたいな広告を見ても「ケッ」としか思わないのに、犬のことに関しては杉本彩の権威に頼っている自分が可笑しかったですわ。花と蛇ですわ。



さてその日うれしかったことは、食欲なくだらりとしていたまめ子が、久々にごはんを食べてくれたことでした。
ごはんは、「鰆の味噌漬け」でした。まめ子はそれまで食べたことのなかったものです。
とにかくカロリーを摂るのが先決、ということで、明らかに身体に悪いものを除いてはもう何でも与えよう、ということになり、その日の夕食であった鰆を与えたところ(※一応塩分は落としてからです)、まめ子はむっくり起き上がり、カッカッカッカッ と食らったのでした。
たいした犬や、と驚きました。




まめ子が最後に自発的に美味そうに食らった食べ物が、この鰆でした。 常食であったドッグフードでも好物であった納豆でもなく、食べたことのなかった鰆………。
そういえば故・父方祖父も、死ぬ間際になってそれまで興味のなかった「キムチ」に興味を示し、むしゃむしゃ食べていました。人も動物も、死の間際になってもいろいろ新しい体験をするのだなあと思います。

ただこの鰆も、その後やっぱり吐いてしまい、しょんぼりしたのですが……。
先日も鰆を食べたので、家族みんなまめ子のことを思い出してしまいました。今後、鰆の味噌漬けを食べるたび、まめ子のことを思い出し続けるのやろなあと思います。



翌日したことは、まめ子のお友達犬を我が家に招いたことです。
まめ子は、診断を受けてなんだか落ち込んでいるように見えました。まあいつも落ち込んだような顔をしている犬ですから、私が勝手に自分の落ち込みを投影したのかもしれませんが(っていうかおそらくそうなのですが)、まめ子は賢い犬ですから、獣医さんに言われたことが分かったのかもしれません。
そこで、雄犬に会えば元気になってくれるかもしれない! という単純な考えで、まめ子の彼氏である(とわれわれが勝手に思っている)ご近所犬にお見舞いに来てもらったのでした。

まめ子はでろりと横たわっていましたが、「お友達が来てくれたよー!」 と言うと、ずるんと起き上がり、自らとてとてと彼を迎えに出てきました!
そしてしっぽふり!




しゅたたたた……と駆け寄るまめ子。
しかしお友達犬は、なんと我が家の鏡に夢中になり、鏡の中の自分にしっぽをふりまくるという事案が発生! ええっ……




でもちゃんとその後ふんふんと二匹で匂いを嗅ぎ合っておりました。まめ子は途中まで快く嗅がれていたものの、尻を舐められると 「わうっ」 と一喝して拒否する、という女王様ぶりの健在を示しておりました。
まめ子は、家ではマヌケな姿ばかり見せておりますが、雄犬に対しては別人(別犬)のように女王然とした顔を見せるのでありますよ。

このお友達犬は、まめ子がまだわが家の犬でなかったときにお世話になったおうちの犬なのです。
まめ子はすぐ吠えかかるため、飼い主(私)と同じく友達が少ない犬なのですが、この犬だけはずっとまめ子とじゃれてくれていました。
飼い主さんに 「お宅の犬にまめ子の見舞いに来てほしいんですけど」 と頼みにいくのはなんか変な感じでしたが、最後にお友達と会わせることができたので、よかったと思います。