だるまの縁と鯨ベーコン

所用ありて、とある公共施設を初めて訪れたところ、エントランスに硝子ケースがあり、だるまさんがびっしり陳列されていました。
どうやら、木戸孝允の子?のだるまコレクションらしいです。







施設のお庭にもこじんまりとしただるま堂があります。




ちょうど温暖な日であったので、休憩時間はしばらく、だるま堂の前でひなたぼっこすることにしました。
福耳だるまさんの隣に座り、数分だるまトリップしました。
福耳だるまさんの福耳にはピアスホールのような穴が開いていて、
その穴の中を通り抜けたら… などの妄想をしました。

その穴の中は、たぶん湿ってなまあたたかく、
内壁が両側から絨毯状鯨ベーコンのやうにぺたっと押し寄せてきて、
向こう側に抜けるのに、永遠に近い時間を要するのである……







まあそんな妄想はいいんですが、
以前にも書いたように、わたしはだるまさんが好きで、たぶんそれは、亡母方祖父の影響であるとおもわれます。
祖父はだるまさんを自作していたのですが、本人もなんとなくだるまっぽかったのです。
そんなわけで、だるまを見ると、なんとなく懐かしくほっとするのだとおもいます。
べつに生前の祖父とはそんなに仲がよかったわけでもないのですが、いなくなってからその影響に気付くということがしばしばあるものですね。

見た目で言うなら、上の福耳さんより、こちらのとぼけただるまさんが、祖父似でした。







***

さて、そんなことを考えながら、帰宅し母にこのだるま堂の話をしたところ、此処には祖父のだるまも奉納されているらしいということが判明し、だるま縁を感じました。
そういえば、昔、桂小五郎の家に祖父が行って云々、というエピソードを聞いた記憶が。

詳しく聞いたところによると、祖父の彫刻の先生という人が、エライ人と知り合いだったので、祖父を引き立ててやろうとして木戸家にだるまを奉納させたらしいのですが、祖父はそういうのはイヤだったので、内心気がすすまなかったそーです。
イヤだった理由は不明ですが、もともと人との交際があまり好きでないということと、自分の作っただるまは手元に置いておきたいということだったようです。
そもそもだるまで食っていこうという気もべつになかったようなので。
最近、「好きなことで食っていくには」みたいな話が周囲で盛り上がっていたところだったので、色々考えますた。

なお、陳列されているだるまさんは木戸コレクションのごく一部らしく、その中に、祖父だるまは見当たりませんでした。