ども!
先日誕生日でした。自分オメ! みんなもオメ!
妹たちが甘いもんとか甘くないもんとかくれた! 有難けれ~


当日は、「異様に安い(かつ旨い)回転寿司屋」へ行きました。支払いがにににに(neat neat neat neat)だった!


私を祝福する虹

* * * *
いくつになるんやっけ……? と数えて吃驚しました。
四十歳、四十一歳、四十二歳くらいまでは「わーいわーい、大人ぢゃ!」と思っておりましたが、その後だんだん数字がシャレにならん域に入り始め、昨今年齢を言うのに気がひけてしまいます。老いが恥ずかしいとか「女性に年齢を訊くのは失礼」とかいうアレでなく、年齢にまるでついていけてない己が恥ずかしくて数字に申し訳ねえ! って感じです。これまで年齢を恥じる大人のことを「?」と思ってたんですが、もしかしたら皆もこういう感覚やったんでしょうか。
自分のどっか外側でただ数字だけがなすすべなく増えてゆくよ~~。という感じであるので、自分の現在地にぜんぜん実感も誇りも持てないのではありますが、まあ記録として、♪今心の地図の上で起こるすべての出来事♪ を以下に記しておこうと思ひます。半分大人の forty-seven's map ですわ。語呂悪いな。
1. ずっとあると思っていたものがなくなってゆくよ~~
勿論知っていたのです。永遠に続くものなどないということは。
とはいえ、自分の幼少時から或る程度安定して存在したものやサービスって、この先もずっとあるかのように錯覚しがちじゃないですか。そういうものの消失や変質に触れることが多くなりました。永遠も半ばをすぎて(中島らも)とはよく言ったものです。
北白川ワールドコーヒーがなくなる日とか、紙の本やCDディスクがマイナーになる日とか、各地で水道管が老朽化して破裂する日とか、ロッテリアが全店ゼッテリアになる日とか、そんな日がいつか来るとは。いや~知ってはいたけどさ(ゼッテリアは知らなんだけど)、「昨日今日とは思はざりしを」って感じです。
消滅の中には自然な成り行きでなく人間が反省すべき消滅も含まれますが(南極の氷など)、それも含め、自分って、歴史の教科書や生物の教科書で見てきた社会の変化さらには生態系の変化の中に生きていたのであるな……と気づきつつあります。
2.時間が「過去側」にも伸びてゆくよ~~
えーと、お分かりいただけますでしょうか。
若い頃は、実感をもって想像できるのって自分の生まれる10年前くらいまでで、それ以前は靄の中の歴史でした。
それが、年をとるにつれ、身近に感じられる範囲が広がった気がするのです。絵で表すとこんな感じ(ピンク部分が「身近に感じられる範囲」)。

50年前や100年前の出来事が今につながるものとして身近に感じられるし、平安時代とかもわりと最近なのかも、人類史って短いな~ と感じるようになりました。
歴史の知識が多少増えたということもあるのかもですが(といってもぜんぜん無知なのですが)、1. に述べたような時代の変遷を己が経験する中で、同じような時代の浮沈の中で生きてきたこれまでの人々との連続性を感じられるようになったのかも。
また、先が短くなった分、己の根拠を過去に求めようとするという心性もあるのかもしれない。人が年を取ると歴史にハマり出したり家系図に凝り出したりする現象はコレなのでしょう。
3.いろんなことがn度目(n≧2)になってゆくよ~~
以前、ウェブ漫画アプリで或る作品を読んでいて「ありがちな展開やな~」と思ってコメント欄を見てびっくり。「なんと斬新な展開!」「どうやったらこんなこと考えつくの!?」という賛辞が溢れていたのです。
で、私は気付いたのです。コメントを書いている人の多くは年少の人であり、こうした展開に出遭うのが初めてだったのであろう。対して自分はそれなりの加齢とそれなりの漫画歴を経てn度目になってしまったんだ!
自分はいつまでも未熟でフレッシュな若者のように思っていたので、この気づきはちょっと衝撃でした。いつの間にそんなに経験を重ねていたのだ、と。まあ経験というても漫画読んでるだけですが……。
かつて、若者の流行に「私らの若い頃に流行ったファッションやん」とか「俺らの頃にもそういう音楽あったわ」とか口出してくるおっちゃんおばちゃんらに「フーン」と思っていましたが、彼らもn度目だったのでしょう。「年取ってかつての大人が言っていたことの意味が分かる」って普通すぎてしょうもないですが、まあ。
世界には日々新しい状況が現出しますが、そこでもやはり「これn度目や!」ということがあって、たとえば「なんか新しいことやってくれそうな権力者が出てきてブワーッと支持集める」とかもそうかもしれません。ワシらの若い頃にはのう、小泉純一郎というのが出てきたんぢゃよ……。ワシはその頃はよう分からなんだから、なんやシュッとした人が出てきたなと思うとった……。新自由主義とか規制緩和とか民営化の弊害とかそういう言葉を知ったんはその後ぢゃった……。なんでも小泉はんの前が森喜朗といういかにもな感じのおっさんでのう。失言してはTVの芸人にまで「オレはアホやけどコイツよりはマシやで」とか言われとったんぢゃ。今、そんなことTVで総理大臣に言う芸人がおるやろか…………。そやからのう、そんなおっさんがシュッとした小泉はんに交代するんなら良さそうやないかと思うとったんぢゃ…………。自民党をぶっ壊すとか言うてくれとったしのう……。周囲には心配してる大人もおったし、「本当に怖いことは、最初、人気者の顔をしてやってくる」なんて言うとる政党もあったが、ワシはピンと来んかったんぢゃ……。でも、今はn度目やから、もうワシは解るんぢゃ。あのとき大人たちが言うてたんはこういうことやったんや、あの人たちはn度目やったんやなあ、と……。
しかしそういうことは実際n度目になってみんと分からんし、あるいは人は、n度目でもn+1度目でも間違えるときは間違えるんぢゃよなあ………。
4.対人スキルがややマシになったよ~~!
なんかここまで辛気臭い話ばかりになりましたが、いくつになってもフレッシュな体験もあるもので、特に私など他人より成長がだいぶ遅いので、今になってやっとできるようになったことがたくさんあります。
たとえば、先日、障害者ガイドヘルパーの資格を取りました! ガイドヘルパーの資格はずっと関心があったんですが、自分はとにかく対人スキルに自信がないので、福祉系の資格とかムリだろう……と思っていたのでした。が、ここ十数年ダメなりにあれこれのことをやってきまして、今ならできるんでは……? と思い立ったのでした。
資格を取る過程で実習がありました。「なんか作業をやる」とかならともかく「コミュニケーション」の実習だというので、「オ、オレがコミュニケーションて~~!!」と緊張していたのでしたが、むしろ利用者さんの方からめっちゃ話しかけてくれて有難かったのでした。特に好きなものの話とか聴くのが愉しかった。これは、自分が昔よりいろんなもんに興味もつようになったからかなと思います。
実習先でいただいたお菓子、美味けれ

5.14歳時に聴き始めた音楽をまだ聴いているよ~~!
「人は10代のときに聴いていた音楽をずっと聴く」という話がありますが、はいはい、自分、その通りです。
先日、クロマニヨンズのライブに行きました(このとき中止になった分の振替)。今回はちょっと特別。マーシーがヴォーカルをとる曲が二曲もあるので。別バンド(ましまろ)ではあったけれどクロマニヨンズでは初めて。つまりヒロトとのバンドではハイロウズの「64,928―キャサディ・キャサディ」ぶり。2005年1月の京都会館(現ロームシアター)ぶり!?
私は、14歳の誕生日に聴いたマーシーの『RAW LIFE』が、初めてのいわゆるロックのアルバムだったのです。もう、これで人生が変わったといってよいかも。Tシャツに洗濯バサミつけるんが「かっこええ!!」と思って、中学の修学旅行に洗濯バサミ持っていきましたよ。なんでロックに影響受けてやることが「ギターを始める」とか「ライブハウスに行く」とかぢゃなくて「洗濯バサミ」やったんや。

『RAW LIFE』を聴いて自分がそれまで考えていたことが音と言葉になったみたいで共犯者を得たみたいで「この人、わたしのことをぜんぶ知っている!!」と思った14歳時の気持ちが、今回、ギターの音が鳴った瞬間、完璧に思い出されたのでした。あれから大人になって、流石にもうロックスターにそんな幻想は抱かなくなったのに。カミ手の前のほうで観ることができたんですが、開演と同時にステージ前方にやってきたマーシーと目が合って――これは客が全員思うやつで実際は目は合っていないのであろう、たいしたロックンロール・スウィンドルだぜ、とは知りつつも――「あれから生きてきたことをぜんぶ分かっているよ」と言われたような気持ちになり、そこからはずっと、まるで「14歳の自分に見せてやっている」ような幸せな気持ちで観たライブでありました。
ってわけで、誕生日に託けて長文になりましたが、n十七歳にもなって、いろいろ変わりつつ変わってねえじゃねえか、みたいな話です。
6.いつまで着るんだよ~~
(これはどうでもいいんですが)変わってないといえば物持ちが良すぎて30年前の服とかを平気で着ています。

これ、誕生日の服装なんですが、カーディガンは17、8歳、ブラウスに至っては小学生から着ています。こうなると付喪神的なアレが憑いてしまい「棄てるタイミングを逸した」感があります。しかし親が50年同じ服を着ているような人間なので、そんなもんやという気もします。