たまにはただの日記回です。
※前回のただの日記回:
■ 7月11日
暑い。もちろん外も暑いのだが部屋が異常に暑く、なんなら外が涼しめの日でも暑い。今日は遠方で仕事。帰宅して早速暑い。とにかく部屋が暑すぎる。帰るとすべてのものが熱されている。食器棚の中の食器がぜんぶぬくい。化粧水とかも湯になっているのでたぶん成分が変化していると思う。冷房を切ると一瞬で熱されてゆく。なんなんやこの部屋は。深夜冷蔵庫にあった葛餅を食す。
■ 7月12日
朝、残っていたカレーに食パンを浸して食した。この食べ方は実家でよくしていた。暑い日はカレー。
昼、思い立って大阪城のエリックサウスへ行ってみる。セブンコラボで知った。ビリヤニと小さなカレーのセットを頼んだ。暑い日はカレー。インド料理屋はものすごい量が出てくることが多いがここはそうでもないのだな。ビリヤニはパクチーが効いていて好みやった。食後のチャイが150円だった。
店周辺がやたら混んでいた。何かと思えば、クリープハイプのライブがあるのとブルーインパルスが飛ぶのだった。クリープハイプのお客さんとブルーインパルス見物の人々が混在している。私はブルーインパルスはちょっと恐い。クリープハイプは「あいあいあいあい愛してないわけ」って曲が好き。尾崎世界観がフラカンのライブのゲストで「落ち葉」を歌ったのも聴いたことあるよ。
ペグレスは一日中ギャラガー兄弟情報に翻弄されている。兄弟喧嘩と仲直りに世界が翻弄されている。二人が手をつないでステージに出てきたりハグしたりしている映像を観て、「家でやれよ!」とつっこんでワロタ。



■ 7月13日
実家へ。妹の付き添いで映画に行く。
最近映画館は予約がタッチパネル式になって妹にはハードルが高くなり、ひとりで行くのは難しくなった。以前は分からなくてもそこらへんにいるスタッフさんに聞けばなんとかなったが、昨今は人不足のためかそれも難しい。他のことも全部そうで、愛用していた店のポイントカードが紙からアプリになって使えなくなり妹はキレていた(スマホの一般的な操作はできるが個々のアプリの操作はハードルが高い)。同じ状況にある障害者や高齢者は多かろう。電子に馴れた者はついつい便利になって万歳と思うてしまうが。
子どもの映画館デビューを応援するという趣旨の上映であり、照明を完全に落とさない・声出し可・途中離席可という方針だった。これは映画館で緊張しがちな私のような者にも有難いな。内容は、妹の好きなものと今流行ってるものが分かったのでよかった。幕間に画面の中のお姉さんとゲームをするというのがあり、あ、子どもの頃こういうの苦手やった!と思い出した(本当にこちらに話しかけているのか違うのか分からず混乱するから)。ポップコーンでも買おうかと思ったが、妹が要らんというので館内の自販機で売ってたいちごチョコモナカを買ってひとりで食べた。
映画館あるある: 上映中に食べようと思って買うた菓子、予告編で食べ終わる。
映画の後、妹・両親と食事。食事を終えてふと窓の外を見ると地面がだいぶ濡れており激しい雨が降ったようであったので、「雨降ったみたい」と言った。外に出ると父が、「あ、雨降ったんや」と言った。その一分後くらいに母が「あ、地面濡れてる、雨降ったんや」と言った。わが家の者は基本的にまったく人の話を聞いていない。その後車の中でも、「全員が何か発話しているが全員が違う話をしている」時間があった。雨上がりの京都の郊外はきれいやった。




■ 7月14日
先日とうもろこしを買ったのを調理。実はとうもろこしって初めて買った。とうもろこしごはんにすることとした。帰ってからだと絶対にやる気をなくすので、仕事前に下準備をして米とともに水に浸し、帰って炊飯器のボタンを押すだけの状態にして出た。偉すぎる。
駅前へゆくと、差別的な発言ばかりしている候補が来ていて、愛想よくビラを渡してきた。こっちがあんたのディスってる属性を持ってる人間かもしれんのにな、と思った。とても感じの良い笑顔だった。


■ 7月15日
久しぶりに京都で仕事。暑いのもう嫌! と思っているけれど京都の夏はやはり美しい。見馴れた川べりをチャリで走りながら、水、緑、鳥、全部綺麗!と思った。
仕事ははよ終わり、幼馴染である友人が期間限定で関わっている店をひやかしにいく。ひやかすだけのつもりだったが、なぜか一緒に店番をし結果的に閉店までいてレジ締め作業を手伝って帰った。
いろんな国の人や近所の人がかわるがわるやってきて、皆でめちゃくちゃな英語で喋ったり、近所の人が別の近所の人を連れてきたり、最初スタッフだと思った人たちも単にずっと入り浸っている近所の人々であったり。近所の人のひとりが急に「今日はフランス文学者の人のサロンに行くの」と言い出して、おお、the京都って感じや~!と思った。友人は thousand を毎回 hundred と言い間違えるので、そのたび訂正する係をした。イタリアから来た人が「私もいつも同じ間違いをするの」と言っていた。別の幼馴染もやってきて、おつかいがてら三人でジュースを買いに行った。路地を歩きながら「今、なんか夏休みみたい!」と思った。小学校の頃に三人で遊んだ路地とまた違う路地だが、数十年の時間が存在しなかったかのように子供の頃の夏がスッと立ち現れた。
普段の仕事と時間の流れ方が全然違って、こんなふうにお店をやるのもいいな~と思ったけれど、それは他人の店だから思うことであって、実際自分は自営の大変さを近く(自分ち)で見てきて「こりゃオレにはムリ」と思ったのやったわ……
最後に私も気に入った商品をひとつ買うて帰った。チャリに乗ると川の上を吹く風が涼しい。今日は宵山(宵々山)。暑うてとても行けへんわと思うてたけど、この気温なら行ってもよかったかも。




■ 7月16日
ぎうぎうのライブハウスでステージを観ているが、同時に自分がステージに立つふわふわした感じの女性シンガーになってもおり、MCでぎうぎうのフロアに向かって「本来なら!皆さんに!ひとりひとりに!パーソナルスペースを確保したいところでありますがー!」と呼びかけている夢を見て起きた。新しい仕事一件あり。京都は雨の宵山だったようだ。
■ 7月17日
山鉾巡行。大阪に越してからは専ら中継で見ている。大阪でもKBS京都が観られるのだ。KBS京都は有難い。普段自らTVを観ることはほぼ無い。年間で三回だけ自らTVの電源を入れる日があり、すべてKBS京都である。(前祭山鉾巡行中継・後祭山鉾巡行中継・五山の送り火中継)。
今年は雨。なかなかの土砂降りっぽい。青空と東山の緑を背景に山鉾がゆく風景は見られなかったが、熱中症の心配はなさそうでよかった。雨の四条通が映るとちょっと泣いている自分に気付き、「へ、そこまで……?」と驚いた。諸々の思い出(よくない思い出も含む)の詰まった四条通とはいえ、帰ろうと思えば一時間くらいで帰れるのであり、わざわざ故郷というほどの距離でもないのである。そこまでの思い入れがあったとは知らなんだ。
中継は毎年ゲストも楽しみである。安定感ある人だとホッとするし、そうでない場合もそれはそれでおもろい。今年は石川さゆりだったので安定感のほうやな~と思っていたら、変なタイミングでめちゃくちゃ喋りはるし「えー!?」と思った。「(鉾を)下から見るとお尻がいっぱい並んでて、これが祇園祭だなーって感じがする」というコメントが最も謎だった。でもそれはそれで。 四条傘鉾の踊りは、中世の踊りを再現するため滋賀の神社に残る踊りを参考として四十年前に創作された……という話に絡めて「ちょうど『天城越え』のヒットの前年ですね」とアナウンサーが話を振ると、「ああ……」みたいなめっちゃ気のない返事やったんが面白かった。「天城越え」のこととか、もう言われ飽きてはるんやろなあ。
雨のため、蟷螂山はおててのさきっぽしか見えんかったし他の山鉾もビニールで覆われたりしてたけれど、山鉾ごとにお揃いの和傘が見られたりして、雨の山鉾巡行もまた貴重だと思った。去年気の毒だった鶏鉾も元気そうだった。その後、気圧のせいか何なのか物凄い動悸と眠気。





■ 7月18日
朝、不在者投票へ行くこととする。一応選挙公報に目を通すが、本当に「嫌な紙」って感じでもう触るのも嫌すぎる。大小の政党が外国人排斥やそれに類することを訴えている。なんでこんなことになってしまったんだろう。
最近京都に帰っても、近所の人々と喋っているといつの間にか「外国人」ヘイトみたいな話題になっていてつらい。たしかに京都は観光化でもはや普通に生活できない。土地はあちこち民泊やら富裕層の別荘やらになってゆく(ただし買っているのは別に外国人だけではない)。町内を出ていった人も多い。こんなのがよいとは思えない。そうした不満がぜんぶ「(非白人の)外国人」への不満として誤帰属されているように感じる。
ちょうどこの日、松尾匡氏の「世界をウチとソトに分けるか、上と下に分けるか」という話を思い出していた(これを書いたため)。この表現を借りれば、グローバルな上と下の問題が内と外の問題に誤認されているように感じる。かつ、誤認するよう煽られている。
てかふつーに考えてもどないやねん。マンションの集合ポストのゴミ箱に選挙公報がばさばさ落ちていた。え、みんな読まへんの、と一瞬思うたが、このマンションには投票権の無い外国人もたくさん住んでいるのだ。自分の住んでいる建物に自分の排斥を謳う紙が公的なものとして投げ込まれるなんて怖すぎやと思う。小学校の下駄箱やったら全校集会になるのに、大人が選挙公報でやってたら問題にならない。使われるレトリックも何十年使い古されたレトリックて感じで、そんなんを批判するんにみんながリソースを奪われる。人類にがっかりしとうない。「憎しみ」とか「恐怖」とかにも増して「軽蔑」とか「がっかり」とかの感情が奪うエネルギーってでかい。
なんでこんなことになったんやろか。私は、大日本帝国記憶の抑圧が悪いんやないかと思っている。抑圧された罪悪感は必ず変な形で出てくる。
ともかく期日前投票は済ませた。投票所の前でおばあ様がたが喋っていて「あんたのバラード」の人の話をしていた。ひとりのおばあ様が「ああ、あの世良なんとか……なんや全然知らんわ、若い子の好きな歌手やな」と言うていてよかった。また昼頃動悸&眠気。


■ 7月19日
月曜に買った下着をやっと開封した。
買い物って、買ったときはわくわくして「やっとほしいものを買えた~~」と思っても、平日はそれを開封するエネルギーがなく週末になってやっと開封する……みたいなことがよくある。私だけ?
妹と映画に行った際に、ショッピングモールの下着屋で可愛い下着セットがセールになっているのを見つけたのだ。しかしちょうど私のサイズだけ売り切れていた。私のサイズはよくあるサイズ(凡乳)なのだろう。仕方ないなと思っていたら地元の同じ店で同じものが奇跡的に売れ残っていたので買うた。
夏向きに、裏地も通気性のよい生地で作られている。チュール地にひまわりの刺繍が施されているのだが黄色ではないから一見ひまわりとは分からない。黄・赤・青といろんな糸で縫われていて、まるで花火のように見える。でもチュール地は黒でなく白なので、いうなれば白昼の花火のよう。白も楚々とした白でなく、ストラップとパイピングが真っ赤だから元気そう。今夏はブラジャーをたくさん新調したのでしばらく困らない。