月経30余年記念出血史出血大サーヴィス

 自分史的なものを書くのが好きなのですが、特に何か語るべき史がある人間でもないので不調とかの歴史ばかり書いています。以前書いた肩こり史は、肩こり人たちがわりと読んでくれたようでした。

 今回は、月経史をまとめておこうと思います。今私は40代半ば、出血歴もずいぶん年期が入ってきました。なんなら初経よりも閉経のほうに圧倒的に近い、というのに初期の記憶は未だ昨日のように鮮やかです。ここらへんでひとつ、己の出血歴をまとめておくのも意義があるのかもしれません。なんの意義かは知りませんが。出血のあり方は出血人の数だけありますが、出血人・非出血人ともに何かの参考にしていただければ幸いです。

 ちなみに20歳のときに一度出血史を作成しておりまして(当時から自分史的なやつを書くのが好きだった)、よって途中までの記録はその古文書に即しています。

 

※その古文書です。誰に見せるでもなく延々こういうのばかり書いていた人生……

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■ 10歳

●初出血(初潮)

 初出血、いわゆる初潮は日付まで覚えておりまして、1月4日の夜。正月恒例・母の実家に泊まっていました。気づいたのは自分ではなく母。寝ようとしたところへ、洗濯物をより分けていた母がやってきて、

「〇ちゃん、あんた、生理になったわ」

と言いにきたのでした。そのうち来るとは知っていたもののなんの予兆もなかったので虚を突かれた感じでした。母は「これで子どもが産めるようになったんやで、おめでとう」と言いました。普段ふざけてばかりいる母にしては、めっちゃ「台詞」っぽい口調でした。子どもが産めるようになったと言われてもべつにすぐに産むわけでもないし、それがめでたいことなのかもよく分からないし……という感じではありましたが、ともかく初潮にあたってむやみに動揺させたりネガティブなことを言ったりするのでなく、とりあえずなんか祝う姿勢を見せねばという母の意図はよく伝わりました。

 

 それにしても、「思ってたんと違う……」というのが第一の感想でした。児童文学等で読んで予想していた初潮は、「ある日トイレでパンツを下ろすと真っ赤な鮮血が飛び散り、私、大人になったんだ、と実感する」的なやつでしたが、気づいたのは自分でなくて他人(母)やし、赤というよりなんかウンコみたいな色やな……とガッカリしましたね。居合わせた叔母が有難いことにナプキンを持っていたので、それを貰って処置しましたが、なんかゴワゴワした感触でよく眠れませんでした。とにかく「思っていたほど良いものではない」ということが分かりました。

 その日見た夢は次のようなものです。

 

小学校の中庭をひとりで歩いている。そこで急に「これは夢だ」と気づく。「どうせ夢なら、目が醒めてしまう前に、夢でしかできないことをやろう! よし、さかあがりをしよう!」と考える(※私はさかあがりができなかった(※※今でもできません))。夢であるのを幸いに鉄棒のところへ行ってさかあがりをしようとするが、「いや、夢であるからといって、夢であることを利用して、現実ではできないことをしてもいいのか?」と考え、逡巡しているうちに目が覚めてしまう。

 

 ちなみにその直後の日記です。生々しいですね。

 「10じ55分しょちょうがあった」(「時」くらい漢字で書け)という当日の走り書きと、2日後(日付を間違っている)の感慨です。これ以下の文章は読むに耐えないのでカットしましたが、「この日記書いたことが本当になる日記なのかな」云々とあります。ちょうど何日か前に、「みんな大人になってしまう、私を置いて、さみしいよ」みたいな詩を書いていたのでそれを指しているものと思われます。なんの予兆もなかったと書きましたが何かは感じていたのかもしれません。ちなみに私は今でも「みんな大人になってしまう、私を置いて、さみしいよ」と思っています。

 この後、学校に提出する日記でも初潮を先生に報告しました。私は当時学校に提出する日記に「今日いんもうが生えてきました」など何でも書いていたので、別に抵抗はありませんでした。先生は「大人になった印ですね」的なリプライをくれました。

(※以上の話は以前にも少し書いております、オレは同じ話を何度もする妖怪)

 

■ 11歳

● 生理痛がやってきた!

 誕生日が2月なのでほどなく11歳になりました。しばらく間隔を明けてセカンド出血がやってきました。このときはひどい風邪もひいており、なんか腸が動かなくなって小児科で浣腸してもらいました。月経との関係は不明ですが「初潮あったのに小児科来てええんかな」と思ったのを覚えています。

 その後、まあまあコンスタントに月経は訪れたのですが、「これが噂に聞く生理痛か!」というやつが始まってしまいました。学校でもらった性教育の冊子には「お腹がちょっと痛い人もいるよ」「でも生理は健康の印だから大丈夫だよ」みたいな書き方がされており、あんま気にしてなかったのでしたが、おうおう、ちょっと痛いどころじゃねえわ!! かつ「お腹が痛い」以外の症状も激烈で、こんなの聞いてない! と思いました。たとえば、

 ・腹痛だけでなく腹が張って苦しい

(腹をバンバン叩いてしまう・私が朝から腹を叩きまくってるのを見て腹叩き音で目覚めた父は「ああ、今日生理か」というてました)

 ・同時に便秘・下痢も伴う

 ・脚や腰も張ってだるい

 ・ときには「起立、礼」のときに立ち上がれない・腰を曲げられないほど痛い

 など。痛みとは違いますが、出血時に寝がえりを打てない(それにより更に身体が痛くなる)、不意に大量に出血してキモい(「起立、礼」のときが嫌すぎた)、などの不便さもつらくて、私はすっかり生理が嫌いになりました。好きな人もあまりいないとは思いますが。学校の先生や職員さんなど、周囲の大人の女性たちを見ては「生理のときどうしてはるんやろう」「痛かったり血が漏れたりせーへんのかな」と心配ばかりするようになりました。「自分はこんなにしんどいのに、将来あんなふうに働けるやろか」と不安になりました。

 夏頃にはこれに、「胃液が出る」「ひどいときは嘔吐」という症状が加わりました。遊びに行った先で気分が悪くなり、帰ってきて即吐いたこともありました。なんでこんな目に?

 
● 感傷

 以上のように痛いとか不便とかにくわえ、この頃は諸々周囲が変わっていく時期でありました。具体的には、身近な人が亡くなったり、友達がやたら「男子」とか「女子」とかを意識するようになったり……。そういう変化がなんとも哀しくて、自分の身体が変わってゆくこと、特に月経はその象徴のように思えて、そうした意味でも暗鬱なものでした。公園で皆で遊んでいる最中に、成長が早い子や遅い子やいろんな同級生の姿を見ていたら急に「もう私は子どもには戻れないんだ!」とガーンと稲妻に打たれたようになったことを今でも覚えています。

 そんな中、月経にまつわる唯一のよい思い出は、「遠足を休んでひとりで図書室で過ごしたのがめっちゃ愉しかった」ことです(別ブログに書きました:小学生時代の一番楽しかった思い出 - 採血の牛 )。

 

■ 中学生

● 最悪期の到来

 「中学時代が暗黒時代であった」という人は多いのではないでしょうか。私もそうでした。中学時代に嫌だったことを書き始めるときりがありませんが、ジェンダーに関する嫌要素が顕在化した時期であったというのは、嫌のうちでもかなりを占める嫌だったかもしれません。制服は男女で分けられ、体育の授業も技術家庭の授業も男女で分けられる(家庭科/技術=女子/男子だったのは私の世代が最後あたりだと思います)。男女平等の建前が一応機能していた小学校ではいわれなかった「男らしく/女らしく」のようなことを言われるようになり、教師も生徒も普通にセクハラしてくるし、30年経った今こうして書いていてもしばいたろかという気持ちになってきますが、そんな状況で己のボディがますます嫌になってくる。そうした精神状態との相乗効果で、ますます最悪な生理痛に見舞われ続ける、という三年間でありました。この頃新たに加わった症状としては、悪寒・発汗・発熱などの症状があります。制服があったためしんどいときにラクな服装ができないのも苦しい一因でした(しんどすぎて早退して制服脱いだらラクになった、ということもありました)。「生理痛で体育を見学するのは可か」問題も中学で新たに浮上しました。体育の先生は、自分は生理痛がほとんど無いと公言しており、生理痛で体育を見学することを怠惰と見なす人でした。

 こうした環境と身体的事情が相まってずーーーっとしんどい、という時期でした。環境が異なったものであればどうだったんだろうと思います。

 

● ノーナプキン事件

 「ノーナプキン事件」もこの頃でした。前述のように、月経中は、身体の不調だけでなく出血によって動作が不自由になることが嫌でした。集団の中で機敏に動くことを要求される学校生活がそれを増幅させていました。しかも、生理が始まる以前は普通に自由に動けていたというのに!

 私はその不自由さの原因は、ナプキン装着ではないかと考えました。ナプキンを当てて動くと常に尻になんか挟まっているようで動きが不自然になる。出血の多い日には二枚使っていて更に煩わしい。ズレていないかといつも気になるし、装着してても経血が漏れることもある。そこで或るとき私はハッとしたのでした。「もしやナプキンって意味ないのでは? というかいっそ使わないほうがよいのでは!? 初めから使わなければズレとか漏れとかを気にしなくていいのでは!?」。誰も気づいていない発見かもしれない。すごい発見をした私は、3日目(かなりの出血量がある)にもかかわらずナプキンを装着せず普通のパンツだけで学校に行ったのでした!

 しかし(当然ながら)パンツ、スカートの裏地、スカート、内腿、すべてが血まみれになり、何ひとつ快適なことはなく、「ナプキンというものは使ったほうがよいものなのかも」と気づいたのでした。やはり先人が発明したものにはそれなりの意味があるということなのでしょう。アホすぎますが中学時代はこういう「発見」をよくしていました。みなさんも中学時代ってそうではなかったですか? 他には「掃除って本当はしなくてもよいのでは!?」という発見をしたこともありました。

 

■ 高校生

● 症状のニューウェーブ

 高校生になりました。この頃始まったのは「1日目発作」です。まず「発作」というのは我が家で使われていた用語で、一定の限度を超えた激烈な症状を指します。痛みに加え嘔吐や発熱が起こったり、痛くてのたうつとか気絶しそうとかいう域になると「発作」認定です(べつに自分が勝手に認定するだけですが)。これまで「発作」が起きるのは出血2日目・3日目に限られていたのですが、あるときから突然「1日目の午後1時頃に発作が起こる」というのが定番化しました。これは後に述べる「大学入試大発作事件」につながってゆきます。

 症状の内容としては、「乳の張り」「眠気」「めまい」が新たに加わりました。代わりに、それまで起こっていた便秘や下痢など消化器系の症状は姿を消しました。生理痛の症状というのは、一人の人間の中でも一定したものではなく時とともに流転してゆくもののようです。

 

● ナプキンにやっと馴れる

 依然月経は不快ではあったものの、さすがに歴が長くなると色々馴れ始めます。やっと生理用ナプキンの装着に馴れたのはこの頃です。あるときトイレで急に「コツ」をつかみ、「こうやって装着したら比較的快適なんや~」と気づいた瞬間がありました。それまでどのように装着していたのかもう思い出せませんが、たぶんなんか微妙にフィットしていなかったのでしょう。

 この装着習得が遅いのか早いのかは知りません。私が不器用なだけである可能性もありますが、しかし生理用品の使用法というのは、(最初は親などから処置を教えられることがあったとしても)基本的にはひとりで我流で行うことであり、そうしたひとりひとりのトイレでの試行錯誤が、出血人の数だけあるのでしょう。数年の試行錯誤がこの頃やっと実を結んだといえましょう。今だとネットで「生理用ナプキン 着け方」とか「生理用ナプキン ずれる どうすれば」とか「exe ファイル 捨てたい」とか検索すればいいんでしょうが……。

 
● レディ・ヒステリック 玉姫様乱心

 中学時代はその環境も相まって、月経は暗鬱なものでした。またそれは、秘密めいたもの、というより無いもののように扱われていました。生徒の半分は女子で女性教員も多いのだからもっと注意を払われてもよいはずなのに、痛すぎて保健室に行くとき以外、学校生活において月経は無いことにされていました。家庭においては、祖母に「血ィついたもんを洗うときは神さんに謝りながら洗うんえ」と言われたことが衝撃的でした。「経血=穢れ」的な思想によるものだったのでしょうが、祖母個人の思想というよりは、祖母が生きてきた抑圧的な世界が気になりました。経血を殊更嫌なものと感じてしまう自分の感覚も謎でした。他のところから出る血なら平気なのに、なんで生理の血は汚く思えるんだろう。

 そんなこんなでいろんな文化や宗教の中で月経がどう扱われてきたのか知りたくて、図書館で民俗学の本を読んだりしました。内容はなんも覚えてませんが、この頃から月経との付き合いに意識的になったのでした。戸川純玉姫様つげ義春「紅い花」など、月経作品との出会いもこの頃です。「玉姫様」は衝撃でした。女はヒステリックだとか子宮で考えるとかいう言説の中で自ら「レディ・ヒステリック」の名を引き受け、「もう何も見えない、もう聞こえない、あなたの話が理解できない」ってのは「あなたの話なんか理解してやらないのよ」と言ってるようで痛快!と思いました。月経を神秘的で超越的なものとして描くのもそれはそれで、という批判もあるでしょうが、当時の私には、それを不快で暗くて汚いものとする感覚に対しなんとかそうではない見方を提示してくれるものが必要であったのです。どうでもいいですが、カラオケでこの曲を歌ったため一時的にあだ名が「玉姫」になったことがあります。

 

● 修学旅行とタイツ

 高校の修学旅行(正確にいうと「修学旅行」の無い学校で「スキー研修」だった)は、運悪く月経期間に当たりました。ところが不思議と、修学旅行時は痛みも軽くて済みました。長時間トイレに行けない状況で激しい運動をしなくてはならないため、かなり心配していたのですが、奇跡的に何ごと(※運動による経血漏れなど)も起こりませんでした。風呂で出血しまくって困ったくらいでしょうか(本来なら月経中の女子だけ別風呂に入れてもらえるはずだったがなぜかそれがなかった)。なんかそういう上手くいくこともありました。

 この頃「タイツ」を愛用するようになったのもよかったです。校則の緩い学校で靴下はなんでもよかったので、皆が「ルーズソックス」派 or「紺のハイソックス」派に分かれる中、私はタイツ独立派だったのですが、タイツを穿くとナプキンが固定されてズレにくいし腹は温いしかなりよかったです。

 

● 文化祭事件

 かと思えば依然「発作」は起こり続けていました。覚えているのは友人の学校の文化祭に行ったとき。電車に乗ってはるばる知らない高校に行くのを愉しみにしていたのですが、到着後まもなく腹痛と悪寒が発生、立っていることができなくなり、来たばかりなのにいきなり帰ることに。なんとか駅までは辿り着きましたが電車の中でも知らん人に「顔色悪いで」と声をかけられる始末。この頃から月経痛時に「顔面が真っ白になる」という現象も始まりました。しかしなぜか家に着いた途端回復し、友人と食べるつもりで買ったマクドのパンケーキを貪り食いました。

 

● 大学入試大発作事件

 そしてこの頃の最大の発作といえば、大学入試事件です。大学入試の二次試験で、これまでで最大級の発作に見舞われ途中退場したのでした。

 話は前後しますが、この頃やっと薬を買いました。ここまで読んで、そんなに生理痛がひどいなら薬を飲めばよいのでは、とお思いだったかもしれませんが、我が家は薬を忌避する傾向がありました。別に明確に反医療とかそういうやつではないんですが、親が薬嫌い(マイルドにいうと薬に慎重)であり、その影響で私も薬を飲むという発想がなかったのでした。が、入試の日が月経に当たるかもってことでやっと「ペレタック(R)」という顆粒薬を買うてもらいました。漢方ぽい成分が入ってたんかな? あんま強くない薬だってことで母が選んだのでした。

 ところがここが私のアホなところであります。入試に備えてわざわざ買ったペレタック(R)を、なぜか当日服用せず携帯すらしなかったのでした。なぜ!? 朝の時点でそれほど痛みがなかったので大丈夫だろうと思ってしまったせいか、「初めての薬だしどんな副作用があるか分からない」という心配があったせいか、なんかよく分かりませんがまあフロイトなら失錯行為と呼ぶかもしれません。入試当日は寒い日でした。にもかかわらず休憩時間を庭で弁当食べて過ごしたのも悪かった(なんでそうなったか不明、控え室とかなかったんだっけ?)、試験の緊張も災いしていたかもしれません。午後からの数学の時間、開始30分頃からジワジワと腹が痛くなり、あれよあれよと意識がヤバくなってゆき、挙手。試験監督が「しばらく待つように」と言いましたが、その間に胃液がこみあげてきたので無断でトイレへ走り嘔吐。立てなくなったところを両脇から係員に引きずられてゆく私は、知らん人が見ればカンニングがバレてつまみだされたやつ」に見えたことでしょう。

 「持病ですか?」と訊かれ「生理痛です」と答えると係員の人が気まずそうにしました。当時まだ「生理痛」はあんまりおおっぴらに言いづらいことだったのでしょう。志望校における女子比率も当時は20%未満でした(近年はもうちょっと増えたっぽい)。今年、共通テストの追試用件に「生理痛」が明記されていたのを見て胸が熱くなりましたね。

 連れていかれた先は用務員室?守衛室?でした。小中高とたまに保健室に寝に行っていましたが、大学って保健室にあたるところがないんやなあ……と思いました。畳の部屋で、だるまストーブがあり、布団を敷いてもらって寝ました。年輩の女の人と男の人がひとりずついて「毎年こういう人がひとりはいるんよ」と慰めてもらい、なんか「おばあちゃんち」のようでかなりよかったです。志望校に入学するより先に志望校のお布団で寝てしまった~~!! と思いました。レア体験。

 翌日の二日目の試験では、試験監督がわざわざ「昨日のことは忘れてがんばりなさい」的なことを言いに来てくれました。今思えば試験監督が個人に声をかけることってないので、あれもレアでした。あの先生、誰だったんだろう? 大学には落ちました。

 

■ 18歳

● 謎の体質変化

 大学入試の日(2月下旬)に始まった出血は、4月頃までダラダラと続きました。初めての大規模生理不順でしたが、もともと不順気味だったのであまり気にしませんでした。親は「受験ストレスでは」と言っていましたが、自宅で浪人することにしたこの年は、学校生活から解放されたことで月経事情は格段にラクになりました。やはり出血生活において「体育の授業」「みんなの行動に合わせないといけない何らか」が強敵だったのでした。

 そしてこの年は謎の体質変化がありました。そんながんばってもないのに急に10kg痩せたり、それまでなかった肩こりを発症したりしました。これも理由は不明ですが18歳というのはなんかそういう時期なのでしょう。

 

● 初のペレタック(R)

 夏頃、模擬試験と出血が重なった際に、試しにということで初めてペレタック(R)を服用してみました。薬の絶大な効果に驚きました。薬を飲んでしばらくするとやがてポワ~~~と痛みが緩和されてゆく、同時になぜか太腿の筋肉がピクピク動き、張っていた脚や腰や乳がほぐれゆくのが分かる、そのまま横たわっていると下腹部に残っていた微痛が消え、温かくなり、フワ~~~と身体が浮いてゆく……ケミカルの力よ!!

 ただ、薬はすべてを解決するわけではなく、痛みは軽減しても出血の不快さ自体は変わりませんが。

 メモによるとこの頃「大学に入ったら卒論は『日本古典文学に見られる生理痛の描写』にしたい」と言っていたようです。そんなことはすっかり忘れていました。月経描写の先行研究はあるだろうけれど「生理痛」となるとどうなんかな。たしかに調べてみたら楽しそう。

 

■ 20代前半
● 乙女の憂鬱

 その後大学に入ったりなんやかんやありました。10代後半~20代前半はだいたい「3カ月に1回くらい『発作』」サイクルが繰り返されました。この頃描いた「生理痛のイメージ図」です。

 

あと「発作」の過程を描いたやつ。(※1999年作。pixivにも置いてます)

保健体育教材・乙女の憂鬱 ドキュメント3.20

いろいろアレですが一応中身も……


「どこも痛くないってすばらしい」は真心ブラザーズ「STONE」を意識しています。作中に登場させた母からは「私が冷たい人みたいやん」と不評であったことも注記しておきます(母は優しい人です)。石田純一さんにはなんの罪もないです。

 

■ 20代後半~30代
玉姫様の発作が終わる♪

 27歳時を最後に、「発作」が起こらなくなりました。痛みはあるがかつてのようにのたうち回ったり吐いたり気絶しそうになったりすることがなくなりました。ホルモン的なやつの変化による安定なのでしょうが、私は「犬が来た」ことも大きかったんやないかと勝手に思っています。犬が来てやっと、自分が人間としての輪郭をもつものになった気がします。

 

● 月経前症状の諸相

 派手な「発作」が消失した代わりに、地味な症状が前景化し始めました。特に、月経前の精神的な変化です。いわゆるPMSってやつでしょうか。(これらはそれまでもぼんやりとあったものでしたが、月経本番の痛みが激烈すぎてあまり気にしていなかったのかもしれません。)

 なんとなく気分が落ち着かずずっと高揚している感じ。これは「ふるふる」と呼んでいました。いろんなアイデアが止まらなかったり普段しない行動に出たりもするので、軽躁の一種かと思いましたが、軽躁ではなく「ふるふる」だと思います。憧れのスターに会えたり思い掛けない素晴らしいことがあったときって、ちょっと頭がポーッとして手が震えて足が宙から浮いているようなフワフワした感じになりますよね? そんな感じが「ふるふる」です。ただ、それの、喜びとかときめきとかが無いヴァージョンです。これが悪いほうに出ると「やたら攻撃的な気分になる」というときもあります。ふるふるのときは目が光を取り込み過ぎるのか「やたら眩しい」という変な現象もあります。

 一方で「理由もなく悲しくなる」というしんみり症状も発生しました。何が哀しいのか分からないが胸が締め付けられる。涙が流れる。つらい。何これ……と思っていたらば出血が始まり「はいはいPMSでしたか」ということは多々ありました。(ところで「理由もなく悲しくなる」というときって、本当に理由がないんでしょうか。便宜的に「理由もなく悲しくなる」と表現しましたが、人間って常に悲しいものやからその常の悲しさが生理的作用によって剥き出しになる……という感じかもしれません)

 あと単純に「めっちゃ眠い」という症状もあります。これはマジ困る。

 

● 生理用品グルメ

 この頃から、どうせなら出血生活をできるだけ愉しんでやろうと「生理用品ミシュラン」を始めました。それまでのナプキン+タンポンに加え、布ナプキン、ボディピース、月経カップ、おむつみたいなやつ、等々新しいものをとりあえず試してみることに。海外に行くたび現地の生理用品を買ってレポをupしていたら、海外旅行に行った友達が土産に買ってきてくれるようになりました。世間的にも次第に、生理用品の話をオープンにできる雰囲気が醸成されてきたと思います。

 サイトは現在休止中ですが2020年以降は当ブログで書いています。

生理用品ミシュラン 九章・噂のムーンパンツ篇 - 京都ぬるぬるブログ2.0

生理用品ミシュラン十章・再会ボディピース(シンクロフィット)篇 - 京都ぬるぬるブログ2.0

生理用品ミシュラン十一章・巨!40cmナプキン篇 - 京都ぬるぬるブログ2.0

 

● 薬の変遷

 長いことペレタックを使ってましたが、途中からハッキリエースってやつに切り替え、最近はEVEに落ち着きました。なんで変えたんだっけ?

● 2013年のレア現象

 2013年の日記に、「『クリスマス、年末年始のどちらも生理中じゃない』のは10数年ぶり」と書いています。まったくどうでもいいことですが、出血歴が長くなると、こうした法則や法則の例外が生じてきます。

 

● 低用量ピルの服用

 何年か低用量ピルを服用していた時期もありました。低用量ピルを服用すると生理痛が軽くなると聞いてずっと興味はあったのでした。しかしまあ、まったく痛くないってことはなかったです。出血量はやや少なくなったかな、という程度。

 周期が順調になって出血時期が予想できるようになったのは快適でした。男性には想像しにくいであろうこととして、われわれ出血重い族は、何かの予定(旅行とか大事な仕事とか)が入るとまず、「その日は月経期間ではないであろうな」と心配します。人生が出血中心なのです。が、最後のほうは飲み忘れが発生しまくり、毎日一錠同じ時間に飲むとかうちには無理やったんや……と思ってやめました。

 

■ 40代

● 出血30周年

 出血30周年を迎えたのでお祝いに「ムーンパンツ」を購入しました(上の過去記事参照)。この吸水(吸血?)パンツってやつも登場したときは「うおおおお、ついにーーー!!」と思いましたが、今、ユニクロとか300均とかでも売ってますね。初代がダメになったので新しいのを買って愛用しています。ただ、これだけ穿くのはやはり心許なくて、折角吸水なのにナプキンと併用してしもてますわ。

 

 30周年の絵です。

 

● 最近の症状

 40歳前後から現れた症状としては以下のようなものがあります。

 

・出血前になると全身が張る。肩と腰が凝りまくりストレッチでもほぐれない。

  → 桂枝茯苓丸って漢方を処方してもらいました。飲んだらフワ~~っとなった! めっちゃいい。上の絵でインビューさんが持ってるのはコレです。

・出血一週間前くらいから、口内炎の多発、皮膚がザワザワして半身が痛くなる(たぶん神経痛というやつ?)という謎の症状が起こる。出血したら治まる。

 → 気色悪いので一度受診したいんだけど出血したら治まるのでその時点で忘れてしまう。

・出血時に腹を壊す症状が30年ぶりに戻ってきた

 →戻ってくんなよ!!

 

● 出血ひとり旅

 以上のように、いくつになっても月経は新しい症状を連れてきます。「おいおい、まだそんなんもあったんですか」って気持ちです。若い頃は、40代=即閉経 みたいなイメージでしたが終わるかと思いきや血気さかんで、未だ布団を血まみれにして「ベテラン出血者なのにこのような失敗を……」と落ち込むことも。とはいえこの30余年で生理用品もずいぶん進化し多様化もし、現代の薄型ナプキンのキャパには驚きです(私の初潮の時点でも既に上の世代からは「今の人はいいのがあっていいわね」と言われましたが)。

 振り返るとあっという間なんでしょうが、初経から閉経まで意外と長く、「日暮れまで長えよ」(byピーズ)て感じです。ご褒美も目的地もなくダラダラと続く流血一人旅。少年漫画で血を流しながら戦うヒーローがカッコイイのだから、うちらもまあまあかっこええことにしてもろてもええんとちゃうかな、と思ったりします。出血歴も30余年になるともはや周期の無かった生活というのが思い出せないので、更年期に突入する(マジで!?)今後の心身の変化も引き続き興味深く観察してゆく所存です。