阪神電鉄の「大物(だいもつ)」駅前を少しだけ散策しました!
大物は杭瀬と尼崎の間の駅です。何度も通過してはいますが、降りたのは初めてかも?
駅名板の隣に海の生き物たちがいます。海が近いから?(ペンギンはいないでしょうが)
駅前の建物の良い感じの看板。
なぜか私はこのタイプの看板(上手く言えないが、ちょっと昔の、いろんなお店の名前が連なった小~中規模の複合ビルの看板)が好きです。これは、「グリーンプラザ」のロゴもいいし、特に「プ」の半濁点が可愛い。
今はスーパーマーケットと歯科だけのようですが、以前はもっとお店が入ってたんかな?
「いざ、駐輪!」
駅前の大道路を海側へ歩きます。
気になる喫茶店がありました。今度入ってみたいです。
「ナンバリング物件」は好きなもののひとつですが、いろは順のナンバリングはあんまり見かけないかも? 字体も素敵でした。
何か保護されてるっぽいやつがいました。
なんか大事な石なの!? とわくわくしましたが、単に石柱を囲ってるだけのようでした。石柱が倒れないよう保護しているのか、何かの事情でこの形態になったのかは謎でした。
周囲には、同じく、青いテープを巻かれたものたちがいました。
大物主神社
「大物」ってふしぎな名前やなア、と気になっていたけれど、大物主が由来だったのか…… と思いきや、大物主を主祭神としたのは明治以降だそうです。大物という名前が先にあったようです。
尼崎市のホームページには以下のようにありました。
「大物の地名由来には諸説ありますが、平安時代に港町として栄え、西日本各地からの材木の集散地として知られるようになり、取引された巨材を意味する「大物」から、この地を大物と呼ぶようになったとの説が有力です」
(大物(だいもつ)|尼崎市公式ホームページ (city.amagasaki.hyogo.jp))
境内には「汁醤油発祥之地」の碑がありました。
神社の近くには遊歩道があり、「大物橋跡」がありました。
このあたりはかつて入江だったそうです。地図を見るとこの遊歩道(大物川緑地)は、駅周辺の一帯に広く延びているようなので、今度は全体を歩いてみたいです。
今回は、「タカオカチョコレートの工場直売」が目的であったので、大物橋のすぐ近くにあるこの建物に来ました。
家人がどこかのドラッグストアでなんとなく買ってきたチョコレートが異様に美味くて、それがタカオカチョコレートのものであることが分かり、さらにタカオカチョコレートでは月に何日かの工場直売日があることが分かり、行ってみよう!ということになったのでした。
直売は、入口のわずかなスペースで行われており、少し列ができていました。賞味期限が近いものや試作品なども安くで出されており大盛況で、スタッフさんは次々品出しを続けておられました。
いっぱい買いました。
写真に写っていないものも買ったのですが、それでも全部で1000円台。
これは麦チョコ。
レジの前に麦チョコサーバーコーナーがあり、レジで買ったカップに好きな麦チョコを詰めてもらうのですが、そこに立っているスタッフさんは「専門家」なのだそうです。他の人がやるとこんなに蓋ぎりぎりまで詰められないけれど、その方だけがこんなふうにいっぱいいっぱいに詰めることができるのだとか。なんでもそれ専門の人というのはかっこいい!
「蓋を開けたらあふれ出してくるので気をつけてくださいね!」
と言われました。まだ開けていません。
ところで、最近また車谷長吉ばかり読んでいるのですが、大物という地名はたぶん(当ブログで聖地巡礼記録も書いた)『赤目四十ハ瀧心中未遂』で知りました。大物に行くのは、生島が彫眉さんに危うい使いに遣られる場面です。
「阪神電車大物駅は、出屋敷駅から大阪寄りに二つ先の駅である。駅前に立つと、目の前にパチンコ屋があった。隣りが佛壇屋で、その横手の道を入って、しばらく行くと、地図にある通り、一階が八百屋になっている三階建てのビルがあった」
このビルでの一連の場面は、読んでいるこちらも嫌な汗が出てくるような緊張の場面です。モデルになったのはどこなのでしょう。今度もっとゆっくり駅前を歩いてみたいと思います。きっと作品が書かれた時点から(また作品が実際の街をモデルにしていたとしてモデルとされているその時点から)、街はずいぶん変わってはいるのでしょう。今回見た限り、駅前にパチンコ屋は見当たらずでした。