マイ肩こり史

肩こりに悩まされ続け長い長い年月が過ぎました。嬉しいときもつらいときも、病めるときも病めるときも、肩こりはいつもそばにありました。昨今はやや軽快です。突然ですが(べつにいつも突然なのですが)、ここにこれまでの肩こり史(および途中から腰痛史)をまとめておきたいと思います。

 


(1)初めての肩こり

肩こラーの皆様のファースト肩こり体験はいつですか? 私は小学2年生か3年生のときです。
それまで、周囲の大人が「肩凝るわ~」とつらそうにしているのを、「肩が凝るとはどんな感覚なんだろう?」とふしぎに思っていたものでした。親や祖父母の肩を揉みながら、「なんでこれが気持ちいいんだろう?」とふしぎでしたよね。何も知らなかったあの頃に戻りたいです。
その日は、音楽の時間に楽譜の読み方を覚えて嬉しくなり、音楽の教科書に載っている楽譜をすべてチラシの裏に書き写すという作業をしていたのでした(べつに宿題でもなんでもなかったのですが、私はそういうべつにせんでもええ作業にばかり夢中になるタイプでした)。教科書の最後のページに載っていた「君が代」まで写し終わったときに、肩周りに経験したことのない感覚を覚え、「これが肩こりか!」と感動したのでした。
このときは、「これがみんなが言ってた肩こりというやつか! 分かったぞ!」という新鮮な嬉しさがあり、得意げに家族に報告したのを思い出します。身体的な体験って、それ自体は痛みや苦しみといった体験であっても、一方でそうしたひそかな嬉しさを伴っていることってありますよね。今思えば、一生知らないままでいたほうがよかったですが。


ちなみにこのとき、「『君が代』も書き写した!」と言うと、親が微妙そうな表情をしていたのも覚えています。
君が代」は「音楽の教科書の最後に載っているのに習わない謎の歌」でした。「国歌なのに、なんでやろ」とずっと疑問であったのですが、高学年になり、自分が無邪気に「なんかえらいもの」と思っていたそれに負の歴史や様々な議論があることを知ったのは、非常な衝撃でした。私はずっと、「自分が無邪気に受容している表現が、ある側面から見れば問題含みのものである」系の気づきに関心をひかれがちなのでありますが、その関心のはじまりはこのときだったと思います。もちろん、「表現」一般の問題と国歌の問題というのは別のものであるので、両問題を等値するわけではありませんが、気づきの衝撃の質だけでいえば、ということです。と、いきなり話がなにか重いほうに逸れて肩こりと関係なくなってしまいました。いや、こうした重さを無意識のうちに、当時の私の肩が感知していたのかもしれません。

 


(2)浪人時代:慢性化と接骨院

とはいえ、子供時代の肩こりはその一回きりで、それ以降肩こりとは無縁でありました。慢性的な肩こりに悩むようになったのは、18歳、浪人時代であります。


この頃、常に肩が詰まる、頭も痛い、ひどいときは寝付けない……などなどの症状が始まりました。親族の行きつけの接骨院を勧められ、そこに何度か行くことになりました。接骨院では、電気を流され、波打つベッドに乗せられ、最後にマッサージをされることになっており、私は波打つベッドが最も好きでした。マッサージをされるのは苦手でした。眼を開けていたほうがよいのか閉じたほうがよいのか分からないし(悩んだ結果ずっと目を見開いていました、やりづらかったことでしょう)、毎回「ガチガチやなあ、勉強のしすぎやで」「もっと気楽に生き」などと言われるのがイヤでした。


「勉強のしすぎ」といわれても、私は毎日テトリスミニゲームばかりしていて、むしろ勤勉な浪人生ではありませんでした。それに、それまでも、根を詰めて本を読んだり書き物をしたりしたことがあったはずですが、肩こりなんて起こりませんでした。この時期に突然肩こりが持病となった理由は謎です。……と今書いていて初めて気づいたのですが、もしやテトリスが悪かったのでしょうか。

 

浪人時代は他にも自分のボディ史上激動の時期でした。18歳というのはそういう年齢なのでしょうか。それまで気にならなかった冷えが始まったり、ちょっとのダイエットでいきなり体重が10kg落ちるなど、この時期に諸々体質が変わったように思われ、肩こりもその一環だったのかもしれません。体重と引き換えに肩こりを手に入れたのです。手に入れたくなかったです。その後、接骨院では、なぜかやたら竹内久美子の話をされるということもあり次第に足が遠のいていきました。竹内氏がその後あんな感じになるとは思ってもいませんでしたが。

 


(3)耐える日々

浪人時代以降、肩こりは慢性化し定着してしまいました。これ以降の人生には「凝っていない時期」がほぼ存在しません。凝りがまだマシな時期と重症の時期があるだけです。
重症の時期は、肩こりのせいで何もできず日がな横たわるしかないこともあります。肩こりがなければどんなに生産性のある人生だったでしょう。いや肩こり発症以前もテトリスばかりしていたのでしたが。


あまりにつらくて呻いていると、当時まだ元気であった祖母が、
「あんたしんどそうやな、揉んだげるわ」
と言うて揉んでくれるのですが、「祖母に肩を揉ませる孫」という構図が余計つらい上に、祖母はそういうとき悲愴な調子で耳元で般若心経を唱えながら揉むのでさらにつらいものがありました。


その場しのぎのようなことはいくつか試しました。ストレッチを試したり、電動マッサージャーでブルブルしたり、手動マッサージャーでゴリゴリしたり、ツボらしきものを押してみたり、入浴剤やらバスソルトやらを風呂に投入したり。しかしその場しのぎのようなことはすべてその場しのぎでした。

 


(4)30歳前後:尻も凝り始める


そのようにかなり重度の肩こり持ちとなったわたくしですが、「腰はなんともない」ということはひそかな誇りでありました。周囲には腰痛を患う者が多かったので、彼ら・彼女らの苦しみを見ながら、
「(うちは肩こりはあるけど腰にはキてないもんね、あーよかった、まだ大丈夫!)」
と思っていました。イヤな奴です。
しかしいつしか、尻周りが常に凝るようになりました。いつからなのかは覚えていません。というのは、長らくそれを認めたくなくて無いことにしていたからです。しかし、30歳前後に特殊なクッションを購入したり骨盤枕とかいうものを敷いて寝たりしていたところを見ると、尻症状が始まったのはその頃と思われます。
なお、子供の頃から当時に至るまで、私の家でのデスクワーク時のスタイルは「卓袱台に座椅子」というスタイルであり、圧倒的に肩にも腰にも負担がかかる姿勢でした。

 

(5)30代後半:耐えられなくなる

引っ越しをしたことにより、作業時のスタイルが「卓袱台に座椅子」からテーブルに進化しました。これで肩こりも腰痛(尻痛)もよくなりそうに思われましたが、もはやそんな小さな変化は焼け石に水だったようです。


3、4年前、症状はいよいよ耐えられんレベルに達しました。それまでも耐えられんレベルではあったのですが、一段上の耐えられんレベルです。夜は肩と腰が痛くて寝付けない、明け方は肩と腰が痛くて目が覚める、日中は肩と腰が痛くてとにかく痛い。


この頃唯一ヒットだったのは、SNSで知人が紹介していたのを見てニトリに買いに走った「ストレッチポール」でした。これは「反り腰」に効果があるというものでした。こいつの上でゴロンゴロンしてから寝るとあら不思議、背中が敷き布団にピッタリ着くのです!
「数年ぶりに! 背中が! 布団についた!」
超感動しました。言い換えればもう長年、「仰向けに寝ても背中が布団につかない」という異常な状態が続いていたことになります。

 

 

ストレッチポールと一緒に買うた腰をクイックイッする器具。

とにかくこういうものをたくさん買ったり貰ったりしてきました。

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(6)薬物療法推しの整形外科


これはもうマッサージとかでなく医療の対象であろう。ということで、整形外科に行くこととしました。もっとはよ行けという感じもしますが、親譲りの病院嫌いで小供の時から損ばかりしてゐます。

ショッピングモールの中にあるクリニックに行きました。たまたま近くに用があったからで、特にそこを選んだ理由はありませんでした。設備が新しくキレイで、待合室はやたら斬新なデザインでした。


診察室に呼ばれると、サーフィンとかやってそうなリア充ぽい医師が出てきました。いきなり友達のような口調だったので面食らいました。いいんですが。レントゲンを撮るも、
「骨は何も異常ないけどねー」
との由。
「一度痛くなると、悪循環で痛みを感知させる物質が出やすくなる。その悪循環が続いているだけ」
という見立てであり、その悪循環を断つための薬を飲むこととなりました。整形外科というのは、身体に触られたり身体の動かし方を指示されたりするものと予想していたので、レントゲンと薬の処方だけで終わったのが意外でした。このクリニックは「薬物治療でまずすばやく症状を叩く」という方針らしく、診察室や待合室にもその旨を書いた紙が貼られていました。

 

 

どうでもいいんですが薬局の椅子がムカデ人間ならぬムカデ犬でした。

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出された薬はSNRIであるサインバルタでした。抑うつの治療薬としてしか知らず、疼痛治療にも使われることを知らなかったので、ちょっとびっくりしました。しばらくは手足が痺れるという副作用があった一方で、服用中はやや頭がスッキリしていました。普段は常にどんよりしがちな気質であるのですが。これは、薬自体の作用だったのでしょうか、それとも、肩こりが軽減したことの二次的な効果だったのでしょうか。
ここでは他にもなんか立派な湿布(名前忘れた)ももらいました。しかし、もらった薬と湿布がなくなったとたん、軽減していた症状はもとに戻りました。スッキリしていた頭ももとに戻りました。

 


(7)整骨院のカリスマ

整形外科では、薬がなくなったらまたもらいに来るように、と言われていたのですが、もろてもまた切れたらもとに戻るんか……と思うとなんとなしに行く気になれず、そのままにしているうちにまたも悪化し始めました。この頃の特筆すべきこととしては、肩こり仲間に教えてもらった「ナボリンS」という市販薬を買ってみたことくらいでしょうか。しかし、巌と化した我が肩には特に効果は得られませんでした。また葛根湯もしばしば服用していましたが、こちらも連続で飲むと効果を感じられなくなりました。


整形外科をぶっちしてから約半年後、またも肩の痛みにより連日何もできない状態が訪れました。今度は、近所の整骨院に行ってみることとしました。

 

整骨院に辿り着いたときは、なにも外傷がないにもかかわらず満身創痍のような気分でした。評判のよいらしい若い院長が診てくれることとなり、まず全身の触診を受けます。前回の整形外科では一切身体に触れられることはなかったので、対照的やなあと思いました。人はどうも、触れて調べてくれているほうが「ちゃんと診てもらえている」感を抱きやすいようで、私も好印象を抱きました。


院長は、私のあちこちを伸ばしたり動かしたりしながら次々に質問をしていきます。

「手足の左右の長さが違いますね、歩いていてどちらかに傾いてしまうんじゃないですか?」
「右のほうが長いです、骨に歪みが出ている状態です」
「首の骨が歪んでいます、デスクワークが多いですよね」
「夜寝てもすぐに目が覚めてしまうとかじゃないですか?」
「朝起きてすぐに、疲れたと感じませんか?」


うおおー! まさにー! 昨今感じていた症状が次々言い当てられていく! 
たしかにいつも身体のバランスが取れていなくて気色悪い感じがしていたし、夜寝てもすぐに目が覚めてしまっていたし、朝起きていきなり疲れていましたとも! 先生、よろしくお願いします! ついていきます~~! とすがるような気持ちになりながら私は、
「あー、これ、人が宗教とかにはまるときのパターンや……! 尊師にはまった人も最初はいろいろ言い当てられた体験を書いてた……」
と思い出していました。


ともかくカリスマ院長の見立てによると、
「上半身はガチガチ。下半身はむくんでいる。老廃物が流れず疲れやすくなっている」
とのことでした。たしかに私は尻周りにいつも滞り感を感じておったので、またも、その通りです! 宜しくお願いします! という気持ちを強めました。
見立ての後「即時整体」というものを施されることとなりました。
「ボキボキしますが、大丈夫ですか?」
と訊かれたので、それは苦手であると伝えました。昔に接骨院竹内久美子の話をされたところ)で突然やられて「頸が取れた!?」と恐怖を感じ、それ以来やろうとしても身構えてしまってできなくなったのでした。ということを申告すると、「力を抜いて~、ラクにして~」と声をかけるスタッフを増員されてしまいました。頸、背、腰、と二人がかりでひととおりボキボキされ、会計の頃には身体が軽くなっておりました。
その夜はひさしぶりに仕事や家事がはかどったことに驚きました。あー カリスマ院長の信者になってしまいそう……!

 


(8)整骨院もイヤになる

最初は詰めて通ってください、と言われたので、しばらくせっせとこの整骨院に通いました。2回目以降は、カリスマが担当してくれるときとカリスマ以外のスタッフのときがありました。当初は尻の凝りが劇的に解消し、心なしか尻周りの肉もスッキリしてきた気がしたのでしたが、その効果は長くは続きませんでした。


また私は、飲食店等でもそうなのですが、「顔を覚えられて人間関係ができてくると急にイヤになる」という悪癖があります。カフェや食堂で「いつもありがとうございます」とか言われると、相手は親切で言うてくれているというのに、なんとなく足が遠のいてしまうのです。整骨院でも同じ病が起きました。あと、「この人は仕事とはいえ私の身体になんぞ触りたくないのでは……」とか要らんことを考えてしまい気がやすまりません。


さらに、毎回ボキボキする際にやはり身構えてしまいます。そのたびに
「力を抜いてくださーい、もっと力を抜いてー、全然力が抜けてませんよー、力を抜いてー」
と言われ続けるのが苦痛になり始めました。そう言われても力が抜けへんからここに来てるのに! 「身体の使い方を指示されその通りにできない」というのは、子供時代の体育の授業から延々と続く私のつらみです。そんな中、「3分間の振動で〇〇回腹筋したのと同じ効果を得られる!」腹筋ベルトとかいうやつを勧められ始めたことから、完全にムリになり、この整骨院もぶっちしました。

 


(9)別の整形外科

整骨院をぶっちして半年後、またも肩と腰の痛みにより眠れない日々が始まりました。今度は、家人が別件で世話になっていた整形外科が良いというので、一緒に行ってみることとしました。先生が真心ブラザースの桜井に似ていて、好印象を持ちました。


ここでは、「去年別の整形外科で診てもらいサインバルタを出された」という旨伝えると、「ええっ」という反応であり、やはりあれは私の症状には珍しい(過剰な?)処方やったんやろか? と思いました。薬の出し方って医師によっていろいろなんでしょうね。素人には何が適切なのか分かりません。
以前も撮られましたが、もう一度レントゲンを撮ることになりました。結果、「頸の骨が変形しており、その結果周囲の筋肉に痛みが出ている」とのことでした。頸の骨が変形しているというのは整骨院の触診での見立てと同じでした。前回のサインバルタ病院では骨には異常はないと言われたのでしたが。見過ごされたのか、それともあれから一年で悪化したのか?


「加齢のせいなので誰でもそうなるんですが、その年齢ではちょっと早いですねえ」


と言われショックを受けました。ついに私の人生にも「加齢のせい」がやってきた! 初「加齢のせい」いただきました! 知ってはいたが人間の身体って消耗品なんよな……。
自分は精神の発達が遅いぶん、いつまでも若いような気がしておったのでしたが、違うんやなあ……。この類のショックは、7歳の頃胸が痛くて小児科に行ったところ「乳房がふくらんでくるためです」と言われ、「もう!? うちまだ子供やん!」と思ったとき以来でした。


さらに、先天的と思われる股関節の異形成が発覚しました。腰が反るのはそれも原因ではとの由。先生は私の体型を見て「これはもしや」と気付いて腰のレントゲンを撮ったらしいのですが、自分でも股関節周りには何か違和感を感じていたので、またも、
「なるほど!その通りです! よろしくお願いします! ついていきます!」
モードになってしまいました。ちなみにまめ子も股関節がなんか変だったので、おそろいです。


「頸も股関節も、放っておくと将来的に様々な悪影響が出てくるかもしれません。たとえば末端に痺れが出るなどです。でも今のところは痺れは大丈夫そうですね。薬は対処療法に過ぎないので、ゆっくりリハビリしながら様子見ていくのがよいのでないですか」
というのがこの先生の見解でした。ここは、薬はあまり出さない方針のようでした。理学療法士らがいるリハビリルームが併設されており、それを活用することを勧められました。整形外科といっても方針はほんまにいろいろなのやなと分かりました。

早速、リハビリルームのスタッフに、家でするべきストレッチを教えてもらいました。

 

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骨の歪みが加齢のせいでしかも人より早いと言われたことに若干凹みましたが、この日の夜、梅田へトモフスキーのライブを観に行ったところ、彼もまた加齢で股関節を傷めたという話をしており、股関節を傷めた歌を歌っていたので、実に元気づけられました。そうか、身体が古びてゆくのはしょうがないが、歌にすればよいのだなあ。トモフスキー最高!  

 

ライブではひどい新曲「東京五輪」も聴けてめっちゃよかったです。

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(10)しばらくリハビリに通う

この整形外科では幸い「顔を覚えられてイヤになる病」を発症することなく、しばらく通い続けました。通う中で面白事件もあったのですが割愛します(常連の夫婦に一方的にライバル視されていたことが発覚した)。
スタッフさんは親しく話をしてくれて、いろいろ教えてもくれました。それまで、整骨、接骨、整体、カイロプラティック、などの違いをぼんやりとしか分かっていませんでしたが、資格の違いや本来の位置づけ、その起源等を教えてもらいました。


通っている間に次第に症状はマシになってきた一方で、新たな症状が登場しました。月経前に、肩や腰が腫れたように張るという症状です。これは、揉んでもストレッチをしてもほぐれることがありません。いわゆるPMSの一環でありますが、それまでになかった症状でした。月経はいくつになっても新たな不調を連れてきますね。或いは、それまで日々の凝りがひどすぎて気がつかなかっただけかもしれません。これには、婦人科系によいという漢方を処方してもらいました。


そんなこともあり、肩こりや腰痛のような慢性痛というのは、原因が複雑に絡み合っているものであるようだなとしみじみ感じるようになりました。「これが原因でこの症状が出ている」という単線的な因果が特定しづらい分野なのかもしれません。
この整形外科ではとりあえず骨の歪みを指摘されたわけですが、上記のような婦人科系の関与もあるわけであるし、また私はもともと自律神経ヤバ太郎なのですが、心身症的な側面も関与してるんかなという気もします。不安と緊張の強い性格も、この体質と関係しているのかもしれません。まさに「性格とカラダもつながってるらしい♪」(トモフスキーの「脳」――前述のライブのラストの曲でした、名曲!)ですね。サインバルタを出された際、凝りと気分の両面に変化が起こるという体験をしましたが、そもそも心身の症状って関わりあっていて、抑うつの一症状としての肩こりというのもありますよね。最近よく「全人的医療」とか言いますが、こういう全体をひっくるめて診てくれるところがあればめっちゃええのにな~~と思いました。


この頃、ちょうど、研究会のためにウィルヘルム・ライヒの「筋肉の鎧≒性格の鎧」概念を調べたこともあって、(トンデモと思われがちなライヒの理論も実はそことつながっているということで)「心身相関」「心身医学」の概念史に興味を持ち始めました。 というか、思えば、ヒステリー、摂食障害、不安……私の関心はもともといつも心身の問題にあったのでした。

当時読んだ本の中で面白かったのは、『冷えと肩こり』(白杉悦雄講談社選書メチエ、2014)です。身体経験が文化の中でどのように名付けられたり認識されたりしてきたか、ということを辿った本でした。「日常的によく見られるのに医学的対象とされない病気」が無視されてきたのは、病気には特異的な原因があるとする西洋医学の考え方のため、という論に、なるほどと思いました。しかし西洋医学がストレス学説などにより東洋医学に接近してきたことでそれらが別の形で見出されたのである、と。

西洋医学東洋医学 についてもそれまであんま考えたことなかったのでしたが、肩こり治療ってまさに、「医学」と「その周縁」(「医療類似行為」とか「代替医療」とか)が入り混じる領域であるなあ、というところから、そのへんの分類ってどうなってるんやろ、ということも気になり始めました。「その周縁」の中には、日常親しんでおり経験的に効果があると思われるも含まる一方「怪しい」と感じるものも含まれており、しかしその境目は人によって異なると思われ(たとえば私は「腹筋ベルト」を勧められて整骨院をぶっちしたのでそれが「境目」でした)、かつまた、正統の医療との境目もよく分からない……。という興味から読んだものの中では、『近現代日本の民間精神療法』(栗田英彦、塚田穂高吉永進一編、国書刊行会、2019)がとにかく面白くて勉強になりました。なんか肩こりの話からだいぶ離れてしもうた気がしますが。
 

 

 

 

(11)リングフィット


昨年末、家人が、任天堂スイッチの「リングフィット・アドベンチャー」というソフトを買ってきました。ゲームをしながら運動できるというやつです。
私はあんまテレビゲームって知らんのですが、せっかくやから……と軽い気持ちで始めてみたらば、いつしかドはまりしてしまったのでした。
けっこう目に見えて筋肉がついたのもよかったし、なんといっても、機械が誉めてくれるのがいい! (リングの妖精的なやつが誉めてくれるという設定。)
たいした運動はしてないのに、「すごい!」「キレッキレ!」「汗が輝いてるよ!」とか誉めてくれるのです(私は女性キャラを使っているのですが、キャラを男性に設定すると「ムッキムキ!」と言ってくれるようです……なんだそのジェンダー差は)。これまで、運動するたびに、体育の先生にも親にも「もっと格好よく動けんのか」「動きが滑稽」とかしか言われたことがありません。そんなこと言われてどうしてやる気が出るでしょうか。なんだ、運動嫌いだと思ってましたが自分は誉められればやるタイプだったのです。もう人間なんか要りません、機械のほうがいいです。


そして、リングフィットを続けるうちに、1、2か月ほどで整形外科に行かなくてよくなりました。ふつうの生活を送れるまでに肩こり・腰痛が改善したのでした。まさかの卒業です。
何が直接の改善の原因かは分かりませんが、主観的には、腹筋が鍛えられたのがよかったのでは? と感じています。姿勢の悪さは整形外科でも指摘されたところでしたが、それまで、腹筋に力が入らず腹で身体を支えるということをしていなかったため、頸や腰に負担がかかっていたのではないでしょうか。実際、最後に整形外科に行った際、「ずいぶん姿勢がよくなった」と言うてもらえました。


未だ全快ではなく、ときどきの不調はあるものの、この20余年で今が一番マシです。20余年の遍歴はまさかゲームで改善を見たのでありました。なんかリングフィットの回し者みたいになってしまいました。ステマ記事ではないんすが、せっかくなんでアフィリエイトリンクを貼ります。リングフィットは「水を吐くフグ」みたいなやつと闘うのもいいですね。一緒にフグと闘いましょう。なお私は「パラシュート」が一番嫌いです。