夏の土間の犬

先日、赤染晶子乙女の密告』を読み、面白い小説であったのですが全体的な感想はここでは省くとして、「京都の民家の暗さ」を描いたシーンがありまして、「ああ、これこれ!」と思ったのでした。

 

まめ子の来た頃の我が家は、古びた京町家でありました。

京町家といえば、古き良き風情あるイメージかもしれませんが、正直、あんまええもんではありませんでした。小説にもあった通り、窓の少ない家の中はやたら薄暗く、あちこちから外気が入る。とりわけ台所が土間にあるのは不便でした。夏は暑く冬は痺れるように寒く、配膳をするにもいちいち昇り降り。親族が集まるときなどは女だけがそこに働いており、そんな因習と結びついたなにやらジメジメ暗い場所、という印象もありました。

しかし、そんなろくな記憶がない土間も、まめ子が夏にぺたりと腹をつけていた姿を思い出すと、少し懐かしい場所に思えます。

 

 

犬猫の常としてまめ子もまた、冬は家の中でいちばん温暖なところ、夏は家の中でいちばん涼しいところを熟知していました。先ほど、町家は夏暑かったと書きましたが、しかしたしかに日の当たらない土間の表面だけはひんやりしていたのです。夏、まめ子はよく自主的に土間に転がっては、そのひんやりで身体を冷やしていました。

 

f:id:kamemochi:20210808184912j:plain

 

 

土間に座りこみ敷居に顎を載せるのも、初期のまめ子の定番スタイルでした。

f:id:kamemochi:20210808185513j:plain

 

 

詳しく聴いたことはありませんが、私の生まれるずっと前、戦後の一時期に我が家に犬がいた時期があったのだそうです。主に祖母が世話をして可愛がっていたと聞きます。そういえば、まめ子が来た頃、祖母はまめ子に、

「あんた、なっちか? なっちやな?」

と話しかけていたものでした。なっちというのがその犬の名前だったそうです。

当時祖母は厳しい姑のもとで諸々大変な生活だったようですが、あの土間で立ち働きながらなっちに声をかけていたのだろうか、なっちもまめ子のように、ぺたりと土間に腹をつけて涼んでいたのだろうか、と、祖母もいなくなった昨今、自分の知らぬ昔のことをいろいろ想像してしまうことが増えました。

 

なおその後改修により家から土間は消失しましたが、まめ子は特に困ることなく、フローリングの上で涼しいところを探し当てておりました。冷房の風の当たる場所でひんやりシートに転がる晩年のまめ子さんです。

f:id:kamemochi:20210808185415j:plain