ねここんにゃくの謎・続報

寝屋川・恩智川護岸の壁画「ねここんにゃくのししそんぞん」の件です。

ネットにほとんど情報がなく謎に包まれたこの壁画でしたが、前回、大東市および大阪府河川室の方から設置時期や作者についての情報を教えていただいたのでした。

 

前回の記事:

 

その後、いくつか関連文献を入手しましたので、それにより分かったことをまとめておきます。

 

 

【設置の経緯について】

壁画設置の詳しい経緯については、以下の文献が見つかりました。

 

・河野敬太郎「恩智川堤防壁面キャンバス」(大阪府『建設技術発表会論文集 第13回』1986.6、pp.168-173)

 

著者の河野氏の肩書は当時「都市河川課」とあります。「建設技術発表会」という会は毎年行われているようですが、これは、そこでの発表を集めたものなのでしょうか。(題字など所々手書き文字で書かれているのが、ワープロ・パソコンの普及前らしい手作り感があります。)

 

寝屋川水系の治水事業の経過、大阪府でこの頃進められていたという「垂直緑化」の計画、また世界各地での「壁面運動」などの背景に言及されたのちに、件の寝屋川・恩智川壁面キャンバス計画の詳細がまとめられています。

壁面キャンバス実行委員会のメンバー、壁画デザイン公募の際の要項や応募状況、審査委員(前回の記事では高橋亨氏の名前のみ記しましたが審査委員は全5名だったようです)、公募から除幕式までの日程、などなど……細かな情報が得られ、大変ありがたい論文でした! 

特に収穫だったのは、審査の基準となった点が記されていたことです。それによると、

 

・額縁に収まるような絵でなく、絵に遠心的な広がりのあること

・さまざまなアングルから見て楽しめる多視点的構図であること

・拡大再現しやすいこと

・場所を明るくする作品であること

 

という条件を備えた作品(応募総数92点)から、最終的に2点が選ばれたとのこと。しかしこの条件であの「ねここんにゃく」を選んだというのは、やはり相当前衛的な決断であるように思います(私は美術の専門家でもないのでアレですが……)。ちなみにもう1点は現在もねここんにゃくの隣に設置されている「野崎まいり」という作品で、地元の風物が描かれたカラフルな壁画です(こちらも好きです)。

 

当時の選評や町の声などが見られないかな?と思い、本論文に掲載されていた日程表をもとに当時の地方紙(大阪新聞と大阪日日新聞)を当たってみましたが、壁画についての記事は見られませんでした。大阪府の広報とか大東市の広報とかを当たらないとダメなのかな。大阪日日新聞では、和歌山アドベンチャーワールドに「珍犬シャーペイ」が来たという記事が見られたのが収穫ではありましたが……。

 

 

【作者の方について】

作者の方については、前回は「遊戯療法を専門とするセラピスト」という情報しか分かりませんでしたが、その後、『わたしの仕事5 命と健康を守る人』(今井美沙子・今井祝雄、理論社、1991)という本で、おそらくご本人と思われる方がインタビューを受けているのを見つけました。

この本は、全10巻、様々な職業の人の語りを集めた子供向けのシリーズで、その5巻に「セラピスト」として正木純子氏の話が収録されています。この方が壁画の作者であるという直接の確証はないのですが、大阪の人で、遊戯療法士でかつ現代美術をやっていると書かれているので、ほぼ間違いないのではないでしょうか。1988年のインタビューです。

本書では、発達障害のある子やその親のセラピーを担い、その中で「表面にあらわれた子どもの行動や発声だけじゃなくて、その奥底にある、見えないものとつき合っている」仕事であること、「表現手段も持ってない子とつながったときのうれしさ」や難しさが語られています。セラピストであり美術家であることについては、「とてもエネルギーのいること」と語っておられます。

 

ご本人のお写真も二枚収められています。それが、私の母の若い頃の写真によく似ていて(ということは私にも若干似ていて)驚き、勝手に親近感を覚えました。動物好きの方でもあるようです。

 

また、美術手帖1984年8月号でも、様々な展覧会についての短い報告・批評を掲載するコーナーで、正木純子という人の個展「だんだんヲミテハッタ」(アートスペース虹)が扱われています。

作者と思われる人の写真が掲載されているのですが、お顔がはっきり分からず……上記の本の写真の方と同一人物といえばそんな感じはしないでもありません。

 この記事によると、正木さんは、「時間とともに変化するものに興味がある」とのこと。この正木さん=ねここんにゃくの正木さん と仮定すると、あの絵もやはり、「ししそんぞん」であるわけだから何らかの時間的変化がテーマになっているのでしょうか?

批評によると「だんだんヲミテハッタ」は時間的変質ではないが、空間の意味の変質を見せる展示であったとのこと。面白そうです。(なおこの記事を書いているのは篠原資明氏……当時は大阪芸術大学講師とありますが、私は大学一回生の頃この方の授業をとっていました。イタい答案を提出した記憶などがあります)。この二年前にも同様の試みとして、「さいしょは坂道だった」と題する個展があったそうで、複数回、少なくとも2回個展を開かれていたことが分かります。

 

「だんだんヲミテハッタ」の正木さん=「ねここんにゃく」の正木さん と仮定してですが、他にもどんな作品を作られていたのか気になります。また、今でも制作をされているならぜひ見てみたいです。現在、少なくともネットの検索エンジンならびに記事検索サービスで検索した限りでは、それらしき人を見つけることはできませんでした。苗字が変わっているのか、あるいは今はもう活動されていないのか……。

 

もう少し気長にいろいろ調べてみようと思います。もし「ねここんにゃくのししそんぞん」と、その作者の方の他作品について、何かご存知の方はご教示いただければ幸いです。

 

 

 

***

 

その後、また観に行きました。みればみるほどふしぎ……。

 

正面から

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勝手に「ねここんにゃくの乳(腹)」と思っている部分。
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近くで。上記河野論文では、塗装で壁画を作る場合退色が早いとのことが書かれていましたが、設置後塗り直されたりはしているのかな?
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タイトルと作者名のプレート。周辺にはこれ以外に情報はありません。
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