出血生活30周年記念画/初潮の夜の夢

 

今年の1月4日で、初潮より30周年を迎えましたんで、俺乙的な意味で、記念の絵を描きました。絵の中で、インビューさんに表彰してもらいました。

 

 

 

 

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壁に貼られているのは思い出の場面集です。月経てのは世界に(無駄に)献血し続けてきたような感じで、まじ乙って感じです。自分以外の、グッズや薬にも世話になったので、感謝の意を表してみました。ペレタックってあんま見かけないけど痛み最盛期に愛用してたな。効き始めるときにふとももがフワッと宙に浮かぶ感じがするのでした。

 

ついでにこれは、生々しくもみずみずしい、初潮の記録です。誇らしいような嫌なような複雑な気持ちが書かれています。当時から字が汚いですね。(この下には級友の悪口が書かれていたためカットしました。なお、この裏には「フラワーエンジェル」という自作の小説が書かれていてつらいです。)

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ところで初潮の日に見た夢を、今でも覚えています。

初潮を迎えたのは、母の実家に泊まっていたときでした。居合わせた叔母からナプキンを恵んでもらい、その違和感と、ついに来たのか、って気持ちや、思ったほどええもんちゃうな、って気持ちでなかなか寝つけなかったのでしたが、浅い眠りの中で見たのは、校庭の鉄棒の夢でした。

校庭の鉄棒の前に来たところで、「あ、これは夢だ」と気付き、「夢なら何でもできるんだから逆上がりをしてやろう」と思いついたのですが(※私は逆上がりができず補習授業でさんざん練習させられてもまだできませんでした)、「いや、夢だからといって、それを利用して、実力でできないことをしてはいけないのではないか」と変な倫理感が芽生え、迷っているうちに結局目が覚めてしまう、という夢でした。目が覚めてから「ああ、やっぱり逆上がりしとけばよかった!」と後悔したのを覚えています。

これは、身体が大人の世界に適応する形になりつつあることと対応して、飛翔を諦めて自分を現実の形に切り取らないといけないような、そんな夢だったのかなと思います。

ちなみにこれからかなり経ってから(10年以上後)、同じようなシチュエーションの夢を見、そのときはすっかり厚かましくなっていたのか、まんまと逆上がりを果たしたのでした。(現実にはできないままです。)