遠藤ミチロウを観た日の記録

平成というのが終わったらしく、その人為的な時代の区切り自体に特に感慨はないのですが、その知らせの直後に、遠藤ミチロウの訃報を知り、息を飲みました。
ミチロウさんが闘病中であるということ、難しい病気であるということは聞いていましたが、どうしても死から遠い人のように思っていました。


最初に遠藤ミチロウという人を知ったのは、中学の頃に京阪モールの本屋さんで偶然立ち読みした歌詞集であったと思います。「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」の詞、「……女の下着にはいつも黄色いシミがついていて……」「……人種差別は性欲の根源であると……」 などというフレーズに、こんなことばを書く人がいるんだ、こんなことを歌っていいんだ、とひどく衝撃を受けたのを覚えています。
実際に音楽に触れるのはもう少し後で、その後、遅咲きでパンクに目覚めすっかりミチロウファンになったあね(※設定上)に、おすすめの曲を聴かせてもらったりライブの様子を教えてもらったりしました。
私は熱心なファンというわけではありませんでしたが、優しくそして骨のある、重要な人がいなくなってしまったという気持ちです。

ライブに行ったのは、2010年のソロ弾き語りライブと、2011年のSTALIN復活ライブの二度です。
ソロライブは、暴れる気満々・臓物投げられる気満々で気合い入れていったら椅子に座って聴く式で拍子抜けし、しかし始まるとギター一本なのにその迫力に驚かされたのを覚えています。
STALINのライブは、かつてのギターのタムさんが亡くなった直後で、ミチロウがステージから菊の花を投げました。その翌日、私の祖母が亡くなり、菊はそのまま祖母への手向けのようになりました。このときのSTALINは、澄田健、岡本雅彦、中田圭吾というメンバーでした。


当時書いた二度のライブの記録を読み返してみると、忘れていたことをいろいろ思い出しました。別に自分のためだけの記録であったものですが、このまま忘却の海に流すのももったいないので、追悼代わりに、以下に写しておこうと思います。
昔の文章で恥ずかしいうえに、STALINのライブに関しては音楽のことでなくほぼ爆竹と臓物と客のパンクスたちのことしか書いていませんが……





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【記録1】
2010年12月25日@梅田RAINDOGS

阪急で梅田、遠藤ミチロウ還暦ワンマンへ。初ミチロウである。
暴れる気満々で大阪駅のコインロッカーに上着荷物をぶちこみ、泉の広場を抜けて、東通商店街を走る。寒い。商店街を抜けたところに RAIN DOGS。着いたー!寒かったー!と思って中に入ると、椅子が出ている…っ! みんな座っている…っ。みんなもこもこしている…っ。今日は暴れる日じゃないのか! やってしまったっ。

もうじき閉店するという店内は、赤と緑の電飾に彩られクリスマス風味。中島らも追悼ライブもここでやったんだっけ。
前のほうの席に陣取る。すごくステージが近い。
しばらくして、ふつうにミチロウ登場。思ってたよりかなり小柄でかわいらしい人だった。
だが、曲が始まると、弾き語りとは思えない迫力。二曲目「電動コケシ」で早くもめっちゃ泣く。さらに、「カノン」「お母さんいい加減あなたの顔は忘れてしまいました」。マスカラ全部落ちた。
ステージにも椅子が出て(そのへんから持ってきた)、たばこを一服したあと、座って寺山ソングを三連続。ミチロウの歌うブルースはかっこよかった。
よかったのは「コルホーズの玉葱畑」。座ってられん。他にも数名、椅子の上でちっちゃく暴れる人たちがいた。最後は「仰げば尊し」! アンコールでは、聴きたかった「父よ、あなたは偉かった」、すごくよかった。


MCは訥々として面白く、ことばの選び方が、ああ、あの詞を書く人だなあと思った。

・東京は雲ひとつない快晴だったが、大阪に来たら雲が出ていたのでほっとした。もっとたくさん雲が出ているのがいい。晴れた空は不安になる。
・飛行機雲が好き。墜落を思わせるから。
・(セックス!セックス!と歌った後に)還暦だからこういう歌はもうやめようと思ったけど、気持ちは変わらないので歌うことにしました。
・気持ちは変わらないけど体は裏切ります。
・動物番組が好きで、いろんな動物がどんな生殖をするのか見るのが好き。オスはみんなけなげですね。
・今年初めておふくろに「親孝行」と言われた。蜷川さんの芝居に出たから。蜷川さんに「芝居どうでしたか」と訊かれて、おふくろは、「ミチロウの唄がよかったです」しか言わなかった。
・おふくろは芝居で初めて僕の歌を聴いた。今まで僕がどんな唄を歌ってるのか一切知らない。
・おふくろに「お母さん、いい加減…」を聴かれそうになったので、やばいと思って阻止した。


などなど。
他にも、「みんな静かに聴いてますね」、途中で帰った人を見つけると「あ……」「耐え切れなくなったのでしょうか、失礼しました……」と終始優しげだった。
終演後、カウンタでレッドアイ飲んでると、ミチロウさんがふつーに楽屋から客席に降りてきたっ。あわわ… すごくよかったです!とか言いたかったが何も言えず、目礼するのみであったが、ばちっと目礼を返してくださり、とても礼儀正しい人であった。灰皿持ってきたスタッフにも丁寧にお礼言っておられたし。

しかしそんな訥々とした人が、ステージ上で 「やりたいか!? そんなにやりたいか!?」と叫び、弾丸のように客席にことばを放つ姿、――それも、バンドサウンドをバックにしたお祭り騒ぎの中でではなく、弾き語りで、たった一人で、座ったままの観客に向かって、である。この光景はなんなんだ!? ひとりvsみんな(座ってる)という構図である分、余計に、その「ショー(見せものとしての)」性、パフォーマー/観客 という分断がくっきり異様なものとして浮かび上がって、「カノン」の、

 泳ぐことは頭をぶつけることだ
 見ているアナタには痛さは分からないだろう

という詞が今ここについて歌った歌のように鳴った。
三時間あまりの熱演だった。


それにしてもやっぱり、ミチロウの詞選びはすごいなあ。「カノン」の、

七色に

懐れた光の中では冷たい水と硬いガラスの

優しさに

恥ずかしくなって

という一連の流れを聴くたびに、えっ、そう来るか!?とびっくりする。


この日のセットリスト :
早すぎた父親
電動コケシ
1999
落花
オデッセイ 2010 SEX
下水道のペテン師
カノン
負け犬
限りある限り
JIN JIN
Mr. ボージャングル
お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました
血は立ったまま眠っている
公衆便所の唄
誰かが月を持ち逃げして
ホワイト・ソング
Miser
コルホーズの玉葱畑
思惑の奴隷
音泉ファック
Break on through
シャンソン
午前0時
No Fun
風の日
天国の扉
仰げば尊し

アンコール--
Just Like A Boy
我自由丸
父よ、あなたは偉かった
アイウエオ
解剖室




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【記録2】

2011年1月23日 @ 心斎橋キングコブラ

奈良美智スターリン絵が飾られた前で、ナメちゃんとなぜかグロ画像の話をしながら開演を待つ。
開演は30分遅れて結局20時。
それまで大阪のパンクスたちときたら、「ミチロウ!早よせんかい!出てこんかいコラ!」「吐き気がするほど!ロマンチックだぜ!」の大合唱。フロアからステージに投げ込まれる爆竹。爆竹。爆竹。私は爆竹怖いのだ。かと思えば、「爆竹はもうええねんコラァ!」と別のところからツッコミ。開演前BGMに、トリビュートアルバムが流れていたのだが、YUKIのさわやかな声が不似合いで笑う。フラカンのカヴァーが流れると、一同、共産党共産党!と絶叫。ナメちゃんもうれしそうに共産党共産党! ひとしきり共産党が収まると、また殺気立つ一同、そして爆竹。「カスクソ!早よ出てこいやコラァ!」。ナメちゃん、「カスクソなんて、ミナミの帝王以外ではじめてきいた」と、爆竹の嵐の中で冷静なコメント。このとき、BGMはよりにもよってグループ魂へ。港カヲルの語りが入るとパンクスたちの殺気が殺がれる。だが、パンクスたちも負けずに爆竹を投げながら、
渚カヲルのおかんのことなんかどうでもええねん!」
と叫ぶ。渚カヲルエヴァだよ。

BGMが戸川純になったとき、やっとスターリン登場。ふーらり、ふーらり、とゆったりたゆたう巫女ヴォーカルでの「カノン」の中、怒号を挙げながら一同が前に押し寄せるという異様な図だった。爆竹の煙と消火器噴霧で何も見えない。生命の危険を感じる。ナメちゃんはどっか行った(あとで判明したところによると最前列に陣取っていたそう)。
ミチロウが開口一番、タムさんのことに言及すると一同はぴっと静かになり、泣き声があがった。「黙祷!」と言った次の瞬間、しかし、鳴り響くサイレンと消火器噴霧、そして「ワルシャワの幻想」! 皆祝祭状態に。

そこから先は瞬間瞬間のことだけで細かい記憶がないけれど、「365日!365日!」がとてもよかった。あと「STOP JAP」「ペテン師」もよかった。開演前に暴れていたモヒカンのパンクスがうつろな目で退場していったと思ったら、「ロマンチスト」で肩車に乗って復活した。「負け犬」で、「いつまでたってもみじめだよ」という歌詞がぐっときて、理性を失ったような暴れ方をしてしまった。今度はステージから爆竹返し。でももう爆竹こわくなく、どーでもいい。

ミチロウの舞踊のような動きは美しい。でも、腹筋でもって天井にぶらさがってみせる姿は小学生男子のようでもある。

中盤、豚の頭が登場。手を伸ばすと、目が合って豚の頭を投げてくれようとした気がする。コンサートで「○○が私の方見てくれたの!」というのはよくあるが、「私に豚の頭投げてくれようとしたの!」である。臓物投げは愛だ、というのがよくわかった。
飛んできた臓物をキャッチ。「オレが持ち上げてやるから投げな」と、いきなり知らないお兄さんに抱きかかえられ、ステージに投げ返した。後でナメちゃんに聞いたところによると、ナメちゃんの隣にいた年配の女性も臓物を投げ返していたが、すごく馴れた手つきで臓物をくるくる巻いていたらしい。臓物歴長いのだろう。
天井からひっかかった臓物がぷらんぷらんぶら下がっている。
終演の直前に二個目の臓物をキャッチ。投げ返すタイミングを逸して右手に握っていると、当たり前だが豚の匂いがした。

アンコールは「虫」。ライブの最初に、「あの曲もあの曲も、タムがギターでした!」と言ったときに触れた曲だ。「おまえなんか知らない!!」 と、悲痛な呪文のように絶叫しながら、菊の花を一本一本客席に投げ込んでゆく。一本、胸にとびこんできた。香りを嗅ぐと、とてもよい匂いが胸に刺さる。
右手で握ったままの臓物が生ぬるくなっていく。
最後は「仰げば尊し」。これは青春って感じがする。(一番は大合唱だったが、二番の歌詞を皆が歌えてないのが笑った。) ミチロウは、歌ってるときの声もいいが、「バイバイ!」「有難う!」とかいうときの声がすごくいい。で、「バイバイ!」で終了。

しかし観客からはアンコールが止まず。「コラァ出てこいやあ!」とまた怒号。だが、怒号の中再登場したミチロウは、たったひとりで、ギター一本だった。
「この曲だけ、やらせてください」
と、「Mr.ボージャングル」。弾き語りだ。
前にいた男性が、写真を、高く掲げた。おそらくタムさんの写真であったと思われる。
打って変わって皆、じっと立って聴いた。曲が終わると、怒号でなく、拍手が起こった。
壁のスクリーンに、昔のスターリンの映像と、ギターを弾く手元が映し出されていた。

駅へ向かう途中、菊の花を見て、「君、ミチロウ見てきたの?」と知らない人が声をかけてきた。その人は今日は行ってなかったそうだが、「俺もう40歳だから昔のスターリンを見てて、こないだ偶然ネットを見てたら、タムさんに何かあったって読んで何だろうって思ってたんだけど……そうか、亡くなったんだね」と。「今日はタムさんに乾杯してあげてね!」 と自転車で去っていった。