まめ子を描く

昨日のまめ子記事に、たくさんフェイスブックの「いいね!」ボタンを押していただいたようで、驚きました。
まめ子への応援と勝手に受け止めて、今後もまめ子をまめまめし続ける所存です。
ありがとうございます。


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先日、京大博物館で行われたセミナーにいってまいりました。
http://fserc.kyoto-u.ac.jp/wp/blog/archives/10739
京大フィールド研というところの企画で、以下のようなイヴェントでした。


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「生物描写のコツをお教えする出張お絵描き教室」

<企画趣旨>
 牧野四子吉(まきのよねきち)氏は、広辞苑やファーブル昆虫記などの生物挿絵でお馴染みの生物画家です。
 戦前から戦後にかけ京都大学理学部動植物学教室で活躍した四子吉氏は、学術用動植物画にとどまらず、すべての生物を命あるものとして描きました。
 今回のお絵描き教室は、四子吉氏の「生物生態画」を継ぐ生物細密画家の小村一也氏に、理科美術の四方山話を伺いながら生物描写のコツを教わり、ともすればデジカメ写真でごまかしてスケッチを蔑ろにする現代の動植物学にNOを突きつける!?といった趣旨で行います。


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というように、理系(生物系)の研究者向けのセミナーだったのですが、
「まめ子をうまく描けるようになりたい!」
というだけの動機で参加。
わたしは、まめ子をしばしば落描き的に描くのですが、もともと犬の絵を描くのが苦手でして、どうもあまりまめ子っぽくならないのです。
(あと、以前牧野四子吉展を観て非常に感激したことがあるので。)


私の描くまめ子(左)。雰囲気は外していないと思うが……。






お話をしてくだすった小村先生という方は、博物画の世界では有名な方らしいですが、おもろいおっちゃんといった語り口で、おもろい話をしてくれはりました。
これまでの「残念な博物画」史の話が面白かった!
「残念な博物画」は、なんといっても実物をしっかり見る機会がないこと、伝聞、描き手の思い込み、要らん感性の介在、などで起こる、とのこと。歴史上の残念博物画のスライドをたくさん見せてもらえておもしろかったです。たとえば、ツノの生えたクジラの図。これはどうも、潮吹きを見た人がツノと勘違いし、それが伝聞を経て固定化していったらしいです。
あと、昔は図版の縮小技術がなかったから、牧野四子吉はあの広辞苑の図版を、極限まで点描・線描を省略して最小サイズで描いたのだ、というエピソードなど。すごい。


小村先生の原画、撮らせていただきました。すごい。
(写真がいまいちですが、実物はもっと細密)




らくがき帳に描かれたらくがきが全然らくがきじゃない。。





で、お話を聞いたあとはみんなでお絵描き練習タイム!
小村先生、「博物画というのは、余計な感性を介在させずに見たままを描けばいいので、慣れれば誰でも描ける!」とのこと。
が、それが難しいんやー! と思ったのでした。。絵って、見たまま描いてるつもりでも途中からなぜか、つじつま合わせになってしまうよね。。

鉛筆や消しゴムの使い方、全体のプロポーションの付け方など教えていただき、みみちゃん(虫)とまめ子を描いてみました。
こんな感じになりましたが、いかがでしょうか。




みみちゃんはちょっとぽってりしすぎてしまい、体節と脚の関係がよく分からなくなってしまった…。 しかしまめ子は、ややプロポーションがおかしいものの、上のまめ子と較べれば断然まめらしくなったのでないでしょうか。
ただし、「生物画」と呼べるのかは微妙です。
どーしても可愛く描こうとしてしまうので、「感性を介在させずに」まめ子を描くのは難しいですね!



おみやげに、小村先生画の特製シールもいただきました。
ありがとうございました!