もっと独り言を!(アジ)






独和辞書によるパンク




以前、大学の学食でめしめししていたところ、わたしの斜め向かいでめしめししながら、非常な存在感を放っている中年男性がいました。

わが母校の学食は、近所の家族連れが食べにきたり明らかに学生ではなさそうなのに日がな常駐している名物おじさんがいたりするので、中年男性がいること自体はなんら珍しくないのですが、彼が目立っていたのは、延々と独り言を言うていたからです。
独り言の内容は、日本国が他国および宇宙から攻撃を受けておりその件についての真相を自分は知っている、というようなものでした。
早い話が、いわゆる妄想であります。
目を宙に泳がせながら、ときおりジェスチャーも交え、ひとり演説を続ける男性。(けっこうな大声。)
見えない誰かに語りかけているようでもある。
よくある風景として、混雑した学食の中で彼の隣と向かいの席だけが空席です。その場で食事をしている誰もが、この人を気にしつつも聞こえないふりをしているようなぎこちない状態。

そんな中、教官と思われる初老の男性が立ち上がり、一喝したのであった。

「ちょっと黙ってくれないか! 静かに食事もさせてもらえないのかね?」

そう言われて果たして、男性は言われたとおり黙ったのでした。
学食は平和を取り戻し、教官らしき人も満足したようでした。


さて一見、この教官らしき人の言動は、誰もが気になりながら見てみぬふりをしていた迷惑行為を注意した、勇気ある行動であります。
しかし、その発言は論理的におかしいぢゃないか!とわたしは思うたのや。


教官らしき人は、「静かに食事もさせてもらえない」 ことに対し苦情を言うたわけです。「食事も」ということは他にも何かさせてもらえないことがあったのか? という点も気になったところではありますが、まあそれはどうでもいい、わたしが思うたのは、しかし「静かに食事もさせてもらえない」 ことが問題であると言うなら、学食には学生たちの会話が満ちており、あちこちで雑談、議論、サークルの会議、バカ話、エロ話、etcが行われているわけであり、そもそも学食で静かに食事をすることを求めるほうが無理なことであって、それを求めるのであればその場でそれなりの音量で雑談、議論、サークルの会議、バカ話、エロ話、etcをおこなっている学生たち全員に苦情を言うべきであるのに、この教官らしき人は独り言の男性だけをピンポイントで注意したというのはどういうことだ、ということでありました。

思うに教官らしき人は、この男性がやかましいということそのものに対してでなく、この男性の喋っているのが独り言(かつ妄想)であるというところに、何か心を騒がせられるものを感じたのでありましょう。
で、思えば、われわれの文化は極端に独り言を嫌う文化ではないか?と思うわけです。
最近似たことを感じたことがあって、或るファミレスで食事をしたときなんですが、そのファミレスには、
「他のお客様にとって騒音となりますので、携帯電話での会話はご遠慮ください」
と張り紙があったのですね。
だが、「騒音」というなら、その場にいる者同士で行われているふつーの会話のほうが騒音ではないかー! ケータイでの会話はひとり分しかやかましくないけど、ふつーの会話は人数分やかましいではないかー! それなのになんで、ケータイでの会話がマナー違反とされて、ふつーの会話はマナー違反ぢゃないんだ!? ふつーの会話め!
……と思うたわけで、どーもわれわれは、公共の場で独りで喋ってる(ように見える)やつを、耳障りと感じるようだ、と気づいたのでした。
電車内でのケータイ禁止ルールも、医療機器の誤作動防止とかいろいろな理由があるようですが、電車内で通話する人を見るときの人々の汚物を見るようなまなざしを思えば、どうもそれ以上に感情的な嫌悪感が大きいのでないかという気がしてなりません。
「ひとりでにやにやしながらブツブツ言っているやつ」像は典型的な「キチガイ」像、「ちょっとおかしい奴」像を語られるときに使われますし、どうもわれわれは、公共の場にいながら独りの世界に浸っている奴に嫌悪感を抱くんでないでしょーか。



わたしもミソり癖があるので、この独り言嫌悪文化は居心地のよいものではありません。
現代は(現代だけか知らんが)、あまりに、独り言というものが不当に迫害されているよーに思います。
それで、提案したいのでありますが、われわれはモット独り言を言おう! そして独り言を許容しよう!みんながそれぞれ思い思いのことをぶつぶつ言いながら町を歩いていたら、と想像すると、それはそれでなかなか楽しいではないですか。とはいえ、独り言嫌悪文化から独り言文化へいきなり移行するのも難しいであろうから、まずは、

「ふつーの会話は他のお客様のご迷惑になります、独り言のみ可」

な飲食店とか、

「ケータイ通話&独り言専用車両」

みたいのとか、

「独り言を言う人割引デー」

とか作って、世間が徐々に独り言に馴れ、あ、メリークリスマス。