楳図かずおを読んで思い出したこと

さいきんわけあって楳図かずお再読キャンペーン中なのですが、どの作品も読むたびに新たな発見があり、ウメズすごい!ウメズすごい! と敬意を新たにするとともに、不意に思い出されたのは幼少期の或る恐怖です。


四、五歳のころ、(多くの子どもがそうであろうように)わたしの世界は怖いもので満ち満ちていましたが、とりわけ恐れていたのが、
「地割れ」
でした。

テレビでどこかの大地震の映像を見て、地震が起きると「地割れ」というものができる、ということを知ったのです。
あの割れ目の中に落っこちたらどうなるのか? わたしは一方で、「地面のずっと奥にはマグマというものがある」という知識も持っていました。ということは、あの割れ目の中に落ちたら、最終的にはマグマに達して焼け死んでしまうのでないか! でもマグマはすごく奥のほうにあるはずだから、そこに達するまで、「マグマ怖いよう、死にたくないよう、お母さんが心配してるよう」とか思いつつ暗い長い地中をひとり落ちていかなくてはならないのでないか!
そんなのはいやだ!!(((( ;゚Д゚)))

この仮説 ――今思えば吉川さんの「暗闇ごっこ」にも似た―― を思いついてからというもの、わたしは毎晩寝る前になると、思い出したくないのに地割れのことを思い出してしまい、気の遠くなるような恐怖に苛まれるのでした。「明日地震が起きたらどうしよう誰にも助けられず地割れに落ちてしまったらどうしよううう」「あああっ、なんで地割れのことなんか知ってしまったんだっ、地割れのことなど知らなければ平和に眠れたのに!」


楳図かずおの漫画(特に後期)が喚起する恐怖は、この地割れ空想の恐怖にそっくりです。
死に向かって地中を独りで落ちている間わたしは一体何ものなのか、そのときわたしは人間なのか、と考えてしまうときの、気絶しそうな恐怖(、と孤独)。
特に、『14歳』には、まさにマグマを利用したゴミ焼却装置というのが登場して、そこに少女が落っこちそうになる、という事件が描かれます。なんとまあ同じ空想をする人はいるのだなア!
というか、『14歳』は、全編がそのような恐怖と孤独の物語であって、変わり果てた宇宙の中を迫り来る破滅に向かって進み続ける人類の姿は、まさしくわたしがかつて空想し戦慄した、マグマに向かって地中を落ち続ける人の姿そのまんまではありませんか。そんな人類の姿が文庫本にして13巻にわたって描かれ続けるわけですが、その壮大な物語の結末はといえば(以下略


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#とはいえ、恐怖の中にも天然(おそらく)なウメズ節が挿入されていてなごみます。特に好きなのは、「息子が生まれておめでとう!」と「おむつ野郎!」です。